第五巻

第五話「序章」

 あれから約一ヶ月。

 期末試験が無事終了して夏休みに突入して二日目の朝。

 都市部では聞くことがない波音に目が覚める。

 天井を見上げればシーリングファンが回転している。

 窓を見れば空が白み始めて夜明けが近い。

 冷房をかけていても少しだけ汗ばみそうになるのは今が夏だからとかここがリゾート地として有名な常夏の島だからではない。

「スースー」

 俺の隣で健やかな寝息を立てるのは婚約者であるアリシア=オルレアン。

 大和の友好国であるアトリシア公国の第一王女は周りから見れば完璧な淑女。

 しかし、二人きりなれば少しでも離れれば怪訝な顔をする甘えん坊だ。

 結局、この前の戦争が終わった途端に倒れたことがバレてからひっつき具合に拍車がかかっている。

 今もピッタリくっついてあどけない寝顔をさらして可愛らしいが俺も男。

 こちらの理性を溶かしてくることに対して困るものがある。

 すぐ起きてくるのはわかっていたがアリシアの拘束を優しく解いて、ベッドから抜け出してバルコニーに出る。

 水平線から昇る太陽は写真では切り取れないほど美しく。

 何も考えずに眺めるのに最適だった。

 ただ俺も武芸者の端くれ。

 気配を抑えて足音を消して忍び寄る者には敏感。

 背後から抱きつこうとしているアリシアを振り返って抱きとめた。

「おはようアリシア」

「むー……おはようございます」

 複雑そうなアリシアを見て笑ってしまう。

「何を笑ってるんですか……」

「勝手にベッドを抜け出したことに対してのお仕置きは失敗したが、抱きとめてもらえたし『まぁ、いいでしょう』みたいな顔をしているなと思ってな」

「わかっているならもう少し強めに抱きしめてください」

「はいはい」

 可愛いワガママを言うので言う通りにすると満足そうに頭を擦り付けてくる。

「昨日は街を観光したから今日は海に行こうか」

「……隼人さんのエッチ」

「何でだよ!?」

「私に水着を着させて何をするつもりですか?」

「はしゃぐ姿を微笑ましく眺める。逆に何を考えたんだ?」

「…………知りません」

 拗ねながらスルりと抜け出そうとするので羽交い締めにする。

「はーなーしーてー」

「断る」

 そのまま抱き上げてハンモックまで運び二人で寝そべる。

「こんな呑気でいいんでしょうか」

 あれから大和城は戦後処理で大忙し。

 噂じゃ例の薬の被害者たちをどうするかを話し合っているらしい。

 その中には東雲の友人であるシズクと呼ばれた子もいるが紅葉主導で動いているので悪いことにはならないだろう。

「俺等が気に病んでもしかたない。今は旅行を楽しもう」

 アリシアにそう言い聞かせるが今回は若狭真琴の時と違って多くの人間が魔術師になった。

 たまたま国への被害はなかったが大和だけでなく各国が危険視するには十分な程。

 まだその根っこがアトリシア公国の第三王子とは知られていないが時間の問題だと思っている。

「隼人さんに言われても説得力はありません」

「俺の婚約者はいつからエスパーになったんだ?」

「指輪をいただいてからじゃないですかね」

 学園にも付けていくほど気に入ってくれたのは嬉しいがお陰で俺の周りは騒がしくなった。

 まぁ、俺に気がある女子生徒たちの姿を見なくなったのはアリシア的にも安心したようで毎日幸せそうにニコニコしている。

「気にする暇もないくらい誘惑しますのでご安心ください」

「何をどう安心すればいいんだ?」

 ただでさえ最近密着度が上がっている。

 アリシア曰く、『私ばかりドキドキして不公平です!』らしい。

「理性などなくして本当に身を任せれば余計なことは考えないでしょう?」

「新手の催眠術かな」

 スキンシップはする。

 キスもする。

 しかし、一線は越えないのが今のスタンス。

 婚前交渉否定派ではないが過去を清算していない状態では気分が乗らない。

 アリシアもわかっているので深くは踏み込んでこない。

 変なプライドを尊重してくる。

 本当に出来た婚約者だ。

「普段とは違う場所の熱に浮かれるのは旅の醍醐味では?」

 物欲しそうな潤んだ瞳を閉じて少し上を向く。

 言葉にせずともおねだりすることを覚えたようだ。

 一線を越えない代わりにそれ以外の全てに応える。

 優しさが伝わるように深い口づけ。

 満足したのか再び抱きついてきた。

「島に来てから隼人さんが意地悪せずに積極的で嬉しいです」

「別に普段から意地悪をしているつもりはない。それと積極的に見えるのは知り合いがいないからだな」

 紅葉が手配したのはこの島で建造物的にも金額的にも最も高いホテルの最上階。

 バルコニーに出ていても誰にも見られることはない。

「海は昼ぐらいに行くとして……朝食までは時間がある。それまで部屋でダラダラしようか」

 先に立ち上がって手を伸ばすがアリシアは両手を広げて待機中。

 ここで意地悪をしてはアリシアが『ほら、見たことか』としたり顔になりそうなので仰せのままに抱き上げる。

「作戦通りです」

 それすらも彼女の術中だったよう。

 あと三日もこんな朝が続くことを考えると俺の理性はちゃんと保てるのか心配だ。

「ふふ」

「?」

「いえ。こうされていると隼人さんが本当に勇者のようだなと」

「……そのネタは俺に利くからやめなさい」

「はーい」

 この島に来ることを渋っていた理由は入島して数分でバレた。

 ただそのお陰で開き直るのも早く。

 昨日一日中、島を練り歩いたお陰で勇者扱いにも慣れたので今日からは心置きなく満喫できそうだ。 

 

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【祝!56.5KPV】親善試合で負かしたお姫様が婚約者になった件について 天宮終夜 @haruto0712

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