第一話「……婚約者?」
自慢ではないが俺はこれでも多くの人生経験を積んできた。
四歳で刀を握り始めて八年足らずで国一番の剣士の称号を得た。
そしてその称号は国で二番目に重要な次期城主の護衛役の推薦状に早変わり。
断ることができなかったため中学三年間の青春とはさよなら。
残ったものは一生働かなくてもいい程の退職金。
ただ青春は金で買うことが出来ない貴重な時間。
学園近くにあった広い家を購入して高等部に編入することにした。
一年目は悪名を重ねた以外は平凡な学生生活。
きっとこの先も特に代わり映えのしない学園生活を送る。
今朝までそう思っていた。
親善試合の翌日は休日。
朝の鍛錬を終わらせて新聞を回収。
一面を飾っていたのは『謎の剣士現る!』という昨日の親善試合の記事。
狐の面のお陰で正体がバレずに済んだようだ。
「しかし、あの姫君強かったな」
こちらが集中していなかったとはいえ彼女の敏捷性には目を見張るものがあった。
向こうは俺が本気でなかったことに対して怒っていたがそれは向こう同じ。
何せ魔法を使用せずに剣技と身体能力のみで戦っていた。
咎められる言われはない。
――ピンポーン
朝食用に紅茶の準備をしていたところにインターフォンが鳴る。
「
アポなしでここに来るのは一人しかいない。
世話焼きな同い年の従妹をたまには玄関で出迎えてやるか。
「待たせ……たな」
玄関前に立っていたのはよく知った従妹ではなく、昨夜初めて会った銀髪碧眼の少女。
来るところを間違えていないか?
と思ったが。
「風見隼人様、昨夜ぶりですね」
どうやらそうではないらしい。
「人違いでは?」
新聞記者ですら掴んでいないんだ。
留学生である彼女が気付くはず。
「はたしてそうでしょう……か!」
突如彼女の右手の手刀が俺の首を狙う。
払い除けて怪我をされても困るので軽く手首を掴んで止めた。
「この速度域で払い除けずに私の手首を気遣って優しく掴む手腕……確定ですね」
昨日の直線的な剣筋が嘘のよう。
どうやら仮面を付けていたのは俺だけではなかったらしい。
話があるということだったのでご近所さんに噂される前に家の中へ招き入れた。
「改めましてアリシア=オルレアンと申します。昨夜は貴重な体験をありがとうございました」
「わざわざそれを言うために来たのか? 律儀な奴だな」
「いえ、そうではありませんが……それよりも昨日と話し方が違うのですね」
「生憎こっちが素でな。無礼と言うなら昨日の話し方に変えるが?」
「必要ありません」
「それは助かる」
王家の姫君にティーパックの紅茶を出していいかと悩んだが飲み物無しのほうがマズいと思ったが……特に問題はなかったようだ。
「あんたに謝らないといけないんだった」
「何かありましたっけ?」
「試合の時は手を抜いてすまん」
こういうのを上から目線と言うんだろうが他に言い方がわからなかった。
「あれだけ実力差があればしかたないかと。それに最後は本気を出してくれたみたいですし」
特別気にした様子がないのでオルレアンが魔法を使ってなかったことを指摘するのは火に油。
本気じゃなかったことを理由に再戦を挑まれていたら確実に負ける。
「それで話って言うのは?」
「少し待ってください」
姫君は数回深呼吸すると椅子から降りて三つ指を突く。
アトリシア公国では負けた相手にこういう習慣があr――。
「不束者ですがよろしくお願いします」
違った。
俺の国の婚礼前の礼儀作法のほうだ。
「待て待て待て。どうしてそうなった? アトリシア公国王家では負けた相手に嫁入りするしきたりでもあるのか?」
「いえ、それはありません」
「……それは?」
「あるのは『王家の紋章が入った装飾品を壊した者に嫁ぐ』だけです」
心当たりがあり過ぎる。
反撃されても敵わないと思い念入りに切り刻んだからな。
「けどよ、オルレアンさ――」
「私たちは婚約者です。気軽にアリシアと呼びください」
「……オルレ」
「アリシアとお呼びください」
「……アリシア」
「はい何でしょうか?」
話が進まないのでやむを得ない。
「しきたりとはいえ王家の娘がそんな簡単に嫁いでいいのか?」
相手は小娘だ。
理詰めと精神論を用いれば簡単に追い返せる。
「女である私に王位継承権はありません」
「そうなんだな。けど、俺はこう見えて由緒ある家系の生まれでな。国際結婚となると――」
「隼人様のご両親にはもう許可は取ってあります」
彼女が取り出した婚姻届の証人の欄には既に俺の両親のサインが記されている。
よく知った字だ。
筆跡鑑定に出さなくても本人たちが書いたものに間違いない。
間違いないが……普通息子に黙って書くか?
「大和の婚姻は十八歳からだ」
「だから今は婚約者というわけです」
「俺に彼女がいたらどうする?」
「いない人のことを考えてもしかたありません」
「今後できるかもしれないだろ」
「なるほど」
「納得してくれたか」
安心したのもつかの間。
アリシアは立ち上がると近づいて俺の顎下に人差し指を当てて少し上を向かせる。
「はたして私以上の女性が見つかるでしょうか?」
自信満々な言葉を裏付けるような整った顔立ち。
女性の平均身長をやや下回り華奢な体だが女性特有の膨らみは並み以上。
王家という偉い地位を感じさせない親しみやすさ。
非の打ち所がないとはまさにこのこと。
なんなら好み的な話ならドストライクだ。
「人生何があるかわからないからな。現にこうして王家の姫君が嫁ぎに来ている。そうそうあることじゃない」
「一理ありますが王家のしきたりは絶対です。王ですら覆すことはできません」
どうやら今日中に説得するのは時間の無駄のようだ。
「わかった。今は受け入れよう」
ここに来る前に外堀を埋められていた時点で俺の完敗だ。
「聞いていた通り諦めがいい人でよかったです」
「聞いていた? 誰に?」
「この国の次期城主です。狐の面の剣士があなただということも。この家の場所も彼女から聞きました」
そういえばどうやってここに来たのかは聞いていなかったな。
てか、あいつには個人情報保護という概念はないのか?
「頭が痛くなってきた」
「それは大変です。頭でも撫でましょうか?」
「それを理由に何を要求されるかわからないから遠慮しておく」
「つまり少なくとも魅力は感じていると」
「アリシアみたいな美少女からの施しなら大抵の男は喜ぶだろうさ」
「私は隼人様の意見が聞きたいんです」
「様付けをやめてくれるなら大変魅力を感じるよ」
「では、隼人さんとお呼びしますね」
「お好きにどうぞ」
「はい、そうします」
生涯独り身じゃないことを喜ぶべきか。
一年ぶりに元主に電話して個人情報保護についてクレームを入れるか悩みどころだな。
「ただアリシア。これだけは言っておく」
矜持も覚悟もなく。
刀を持つことをやめた身だがそれでも変わらないモノはある。
「もしお前の国と戦争になった場合。俺は迷わず大和に付いて、アトリシア公国国王の首を刎ねるからな」
この発言で首を刎ねられたって構いはしない。
「ええ、構いません。ぜひ、そうしてください」
まさかの推奨発言に肩透かしをくらう。
どこの国でもどんな地位でも父親というものは年頃の娘に嫌われるものなんだな。
「私はもう隼人さんのモノですから」
「いくら王家のしきたりとはいえその発言はどうかと思うぞ?」
「いつでも押し倒してくれてもいいんですよ?」
「魅力的な提案だが好いてもいない相手に言わないように」
「本心です」
「どうだか」
「どうすれば信じてくれますか?」
「アリシアみたいな子がいきなり来て『私はあなたの婚約者です』と言ってみろ。普通はドッキリか美人局を疑う」
まぁ、素性ははっきりしているので後者はないな。
「隼人さんも十分魅力的ですよ」
「例えば?」
悪名には自信はあるが高評価には自信は全くない。
「私より強い点です」
「価値観が戦闘民族すぎる……」
何かしら裏がありそうだが今考えてもしかたない。
こうして奇妙な婚姻関係が始まったのだが……俺の理性がどれだけ本能を抑えるかの勝負な気がする。
「アリシア。朝食は食べたか?」
「そういえば、まだですね」
作る気分でもなくなったしちょうどいい。
「この後予定がないなら食べに行かないか?」
「さっそくデートのお誘いとは嬉しいですね」
「なら、行くか」
「はい、何処へでもオトモします」
親父たちが知っているということはあいつも知っている可能性もあるが空腹で死にそうなので考えるのをやめた。
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