【祝!56.0KPV】親善試合で負かしたお姫様が婚約者になった件について

天宮終夜

第一巻

第一巻「序章」









 ――じゃあ君は……何のために刀を振るうの?








この一年、ずっと頭から離れなかった元主と最後に交わした言葉。

その答えを出せずに愛刀を携えて夜桜舞い散る武舞台の中心へ歩いている。

『今の君は何者でもない』

愛刀と狐の面と共に送られてきた手紙はさらに俺――風見かざみ隼人はやとを迷わせた。



極東の国――大和。

武芸者の国として知られるこの国で唯一の教育機関である大和学園。

その大和学園に通う者なら一度は夢見ることがある。

それは魔法で発展した友好国――アトリシア公国の留学生との親善試合の代表に選ばれること。

誰もが羨む誉れある代表に異例で選ばれた俺よりやる気のない人間は国内にはいないだろうな。

「あなたが東の姫が言っていた大和一の剣士ですか」

 月明かりに照らされた銀の髪。

 闇夜を映す淡い青の瞳からは怒りの感情が読み取れる。

 武舞台の中心で豪華絢爛な装飾が施された細剣を携えた少女の名前はアリシア=オルレアン。

魔法ではなく剣技で名を轟かせるアトリシア公国の姫君だ。

「そうだと言ったら?」

「剣の腕はわかりませんが人間としては失格ですね。そんな仮面で神聖な親善試合を愚弄するなどもっての外です」

どうやらこの親善試合を重要視しているのは大和だけではないらしい。

「生憎と急遽代理を頼まれた身分不相応な故、ご容赦願いたい」

刀を抜いて正眼で構える。

あれから真剣を握ってこなかったが案外身体は覚えているものだと感心する。

「せめて剣の腕だけはまともであってほしいものです」

傲慢な態度は王家特有?

否、彼女の佇まいは明らかに武人そのものだ。

「ご期待に沿えれば幸いです」

 さて、アトリシア公国の姫君のお手並み拝見。

『いざ尋常に――始め!』

「参ります」

 開幕速攻と言わんばかりに姫君は常人を越えた敏捷性でこちらに近づき雨のような連撃を披露する。

 突如、観客席から聞こえる称賛の声を聞きながら足捌きだけでコレを避ける。

「速度は申し分ありませんが剣筋が素直すぎますよ」

 これでは避けてくれと言っているようなものだ。

「単なる小手調べです」

「必要ありません」

「それを決めるのは私です」

直線的な動きから緩急をつけた華麗なフットワークでの翻弄。

 アイデアはいいが視線で狙いがわかってしまうのが勿体ない。

「……っく!」

 特に苦労することなく彼女の細剣を払い除けた。

「まだ」

 息つく暇のない連撃を丁寧に叩き落しながら観客席の最上段の御簾に視線を向ける。

 御簾越しにこちらを見ていると思われる人物は何故俺をこの試合に召喚した。

「よそ見とは余裕ですね!」

「これは失礼しました」

 そこまで余裕があるわけではないので視線での問いかけを中断し対戦相手の姫君に向き直る。

「どうですか? 私の余裕に免じて降参していただけませんか?」

「侮辱されて退く騎士がどこにいるというのです」

「ですよね」

 観客は剣戟に沸いているが当事者からすればたまったものではない。

 一手ズレるだけで相手を傷つけるかもしれない恐怖。

 矜持も誇りもないのに刀を持つから迷いが生まれる。

 それならこんなモノ持たないほうがいい。

「また考えことですか!」

「御心配には及びませんよ」

 構え直したいので力任せに横に振りアリシアを弾き飛ばした。

「もう悩みは晴れましたから」

 刀を鞘に収めて居合いの構えを取る。

「もうこれっきりにしてくれ」

 対戦相手の少女ではない誰かさんに向けて呟いた。

「ようやく本気というわけですか」

 何かを感じ取った姫君は嬉しそうに不敵な笑みを浮かべている。

 先程の攻防から読み取れるがどうも速度勝負に自信があるらしい。

「あぁ、だから降参するなら今だぜ」

 これで刀を振るうのも最後。

 悔いのない一刀を以って終わりにする。

「ご冗談を。むしろその仮面を引き剥がして敗者の顔として晒して差し上げましょう」

「悪いがそうはならんよ」

 観客の声が遠のき姫君の呼吸のみが聞こえてくる静かな空間。

 必殺の一刀を放つためにタイミングを窺う。

 姫君は段違いの初速を発揮し真っ直ぐ仮面目掛けて突きを放つ。

「なっ!」

 それよりも速く姫君の横を通り過ぎ――姫君の持つ細剣を切り刻んだ。

 豪華絢爛な装飾品が粉々になって宙を舞い。

 スポットライトが反射して舞台をキラキラと彩る。

 姫君含めてほとんどの者が起こったことを認識できずに静寂が訪れる。

 俺は滞ることなくそのまま真っ直ぐ歩いて武舞台を降りた。

『勝者――大和学園!』

 実況の声の後に歓声が聞こえてきたのは武舞台を降りたと同時。

 金輪際関わることのない姫君の顔を見ずに会場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る