Op.10 高校での孤立

 初めて音羽おとわすずかのう美琴みことから憑依を受けた時に視えたものは、『仏壇』、『校舎』、『花束』、そして『生まれ変わりたくない』という強い悲しみだった。

 以降、何度憑依しても美琴が無意識にフィルターをかけたためか二度と視ることができなかった。『生まれ変わりたくない』という悲しみはもう無くなったように感じただが。


 先日の日本兵を救って気付いたことがある。

 なぜ『生前』の未練や思い入れのある光景が視えるはずのイメージに仏壇や花束があったのか。あの校舎はどこの学校だろうか。

 一番『鍵』にまつわる未練を持った姿で『鍵付き』霊となると言っていたが、服の雰囲気から美琴のそれはこの二、三年以内に流行したものだろうことがネットでの情報から推測できる。


 つまり美琴は、鈴の事故と同じぐらいの時期に亡くなったのだ。


 やはり自分とほとんど年が変わらないのだと確信した。制服じゃないのは学校での人間関係の影響だろうか。

 それにしては自殺するような性格に思えない。例えば虐めであれば、確実にやる側の雰囲気すら感じる。

 確かに強い悲しみは感じたが、実際の性格はまるで別人なのだ。


「ようするに肉体を抜け出して本来の性格に戻っただけだ。もともとこの生意気な性格だったってことだろ」


「生意気ですって!?」


 耳元で騒ぎ立てる美琴に猫を追い払う仕草を向ける中級天使キリク。

 悪魔から逃げ延びて一息つき、結界を張った鈴の家のリビングにあるソファーで勝手にくつろいでいる。そろそろ家族が帰宅する時間なので瞬間移動で戻ってきた自室から靴をそっと玄関に戻したが、何度も時計を見ながらソワソワと落ち着かない気持ちでいた。


「肉体が覆ってしまえば多くの要因が影響する。『いつもはあんな事言わないのに』、『あれが本性だったのか』、そんな誤解を招きやすくなるのも肉体の受けた影響のせいだ。本性なんて肉眼で見えている一面だけとは限らない、それは誰もが自分自身を振り返ればわかることだろ。けど他人を見ると目に見えているだけの範囲がその人物のすべてだと思い込む。生者ってのは一様に単細胞なんだよ」


 キリクの説明も理解できなくはないが、『鍵付き』の魂も一部を切り抜いただけのものなのだ。存外矛盾しているがキリクは自身を高く棚に上げ切った。

 現に以前強い悲しみを感じたはずの美琴からは今そのような苦しさを感じなくなっている。


 ――(本質である魂の性格も変化することがあるものなのかな…)


 実際に美琴は変わった。だからこそ憑依を許したわけであり、時折、高校で浮幽霊と目が合うたびに美琴に頼ると安心を得ていた。

 家ではキリクの張った強力な結界が守ってくれるため憑依など必要ない、したがって家族には何ら疑問にも思われない。



 しかし、学校では違う。



 学校という大きな場所に天の結界を張るわけにはいかないのだ。

 このような施設にもまた神や仏と呼ばれる存在の仕事を手伝う『同業者』のような者が点在しているとキリクは言う。


「テリトリー内でのブッキングは極力避けたいって暗黙の了解があってな。悪いんだが俺が仕事でいないときは『足枷』に任せるぜ」


 つまり、当然、鈴の性格がいきなり変われば周囲は騒然となる。同じ高校一年生たちは一歳年上の鈴を知らぬ者がほとんどだが稀に同じ中学校だった者は驚きを禁じ得ない。


 鈴と目が合い近寄ろうとしてきた浮幽霊を美琴は一瞥いちべつして鈴の体に憑依し、ドカッと椅子に勢いよく腰かけ、足組みしてサラリと長い髪を首の横で掻き上げる。このような仕草が多発すると周囲は戸惑うばかりである。


「お、音羽さん。何かよくないことでもあった? あり… ました?」


 隣の席の男子生徒が恐る恐る震えながら声をかけると、

「ええ、とても不愉快よ」

 と強い口調で返してしまう。そして体の持ち主である鈴の焦りを感じた美琴はすかさず口を押さえてしとやかに微笑む。

「あら。おほほ。あなたに言っているわけではありませんのよ」

 無論、この百面相には奇怪の目を向けられていた。浮幽霊だけでなく同級生たちまで近寄らなくなってしまったのだ。


 鈴は楽しみにしていた高校のスタートでさっそく孤立した。


「ぐすん。ぐすん……」

「(魂でも泣くのね…) もう泣かないで下さい、美琴さん」


 泣いているのは鈴ではなく美琴。


「だって。私のせいで鈴ちゃんが……」

「私がこうして高校に通えているのは美琴さんのおかげですよ」

「鈴ちゃん……」


 誰も居ぬ屋上で一人、魂と会話している鈴。


「結局は美琴さんが憑依しなくても遅かれ早かれこうなってましたよ、きっと」

「? どういうこと?」


 入学式の日から一年近くもこの世と離れていた。

 二年生に上がった同い年の生徒たちも全員が知り合いであるわけがない。ましてや『憧れの先輩』が三年にいるこの高校は難関校。顔見知りなどわずかである。

 つまりどちらにせよ初めから人間関係を築き上げる必要があった。殊更ことさら消極的な鈴は、憑依以外の方法で目覚めていても孤立していただろう。


『孤立の理由』があるこの状況のほうが幸いだったかもしれないのだ。


「『独り言』って、やっぱり変ですよね」

 そう『独り言』を霊に向かって言い、普通に笑う。


「…………ごめんね、何も言えないわ……」

 美琴も困惑した様子で余計に鈴のことがたまれなくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る