Op.20 大道芸の観察

 憧れだった先輩 速水はやみかなでに「一緒に帰ろう」と誘われ浮かれていた音羽おとわすず

 の、後ろに列をなす、

 犬神いぬがみこうこと天使キリク、

 巫女見習いの古賀こがつづみに加え、

『足枷』浮幽霊 かのう美琴みこと

 更にこの一行を上級悪魔のレヴィとベルフが大道芸として見物していた。


「あの下心とマウント心たっぷりの男、悪魔には向いてるが俺の高級食材に近づきすぎだ。番犬はなぜ黙ってる」


 もはやオペラグラスを要さないほど至近距離で観察し始めた二人。ほぼ尾行と呼んでも過言ではない。なぜキリクから一切気付かれることなく尾行が成り立っているのか。

 それは彼らの周波数があまりにも低すぎてキリクのレーダーにかすりもしない上、同じく周波数の低い奏によって紛れているからである。


「確かに魂に影響しそうですね、もう我々で阻害しませんか」

「いや待て。番犬が動いたぞ」


 鈴に対して小声で話すために奏が距離を縮めた瞬間だった。キリクが奏の学ランの首元を掴んで引っ張り、般若のごとく恐ろしい顔つきで睨みつける。


「鈴 (の魂) が汚れるからそれ以上近づくな」


「!?!? ご、…………ごめんなさい!?」

 当然だが縮み上がっている。今にも殺しかねないまさに殺伐とした空気の中、強く出られない鈴に代わって鼓や美琴がキリクを牽制けんせいにかかった。


「口出ししちゃダメでしょ犬神くん! ていうか手も出しちゃダメ!」

「そうよ空気読みなさいよこの悪魔!」


 対する実物の悪魔はキリクの働きに安堵していた。

「グッジョブ天使公安。それでこそ番犬だ」

「いやあ驚きです。あの腹黒生者よりよっぽど傲慢な悪魔のようでしたよ」


 レヴィが鈴と奏を近づけたくない理由は他にもあった。おそらくキリクも同じ理由を兼ねて引き離したのだろう。顎に親指を当てて真っ黒な三白眼を見開きいぶかしげに奏の中の魂を凝視した。


「あの男、あんなにも高周波の天使が傍にいながらなぜ低級悪魔並みに魂が黒いままなんだ。見習いとは言え巫女まで一緒なんだぞ。なのに揺れるどころか低いまま安定している」


「僕も先ほどから気になっていました」

「まるで悪魔と契約したような黒さだな、呼び出したか」

「確かに気配には薄っすら覚えがなくもないですよ、中級あたりですか」

「ああ、だが肝心の悪魔の姿がないな」

「契約不成立か何かでしょうか。これ、悪霊化するパターンでは?」

「死ねたならまだいいが生きてるうちに生霊になると俺たちにとっても厄介だ」

「殺しておきますか?」

「そのほうが早そうだな」

「とは言っても食べませんけどね。あんなゲテモノを食らうなんてカニバリズムじゃあるまいし」


「音羽鈴の魂が汚れるよりはマシだろ」


「…… (先輩のくせに珍しい。名前まで覚えたのか。養豚に名前を付ける感覚かな?)」


 しばらく大道芸を観察していると、鈴にとっては憧れ、だが同時に魂を汚す可能性がある、そんな存在である奏が幸か不幸か、帰り道の分かれ目まで辿り着いた。


「じゃあ俺、こっちだから。今度連絡するよ。気を付けてね音羽さん」


 意外にもアッサリと分かれてくれる。そんな塩対応に鈴も少しだけ名残惜しそうにお辞儀をした。

「は、はい。速水先輩もお気をつけて」


 本当にその気があれば家まで送り届けるものだが如何いかんせん邪魔者が多い。一見 青春に見えるが、鈴の後ろにいるのは天使と巫女 (と浮幽霊)。彼らの威嚇を受けてまで送り届けようとは思わないだろう。

 それでも鈴は途中まで一緒に帰ることが出来たという現実をとても幸せに感じた。



「腹が痛い……」

 レヴィはバレないよう必死で笑いを堪えて震えていた。

 しかしその笑いも鈴の家の前で途絶えることとなる。ベルフはてっきり、レヴィがこのあと奏を殺しに追うかと思いきやなぜか鈴のほうについて行ったのだ。


「? 先輩?? こっちに来ちゃったんですか?」

「面白いからもう少し観察しよう」

「あ、はい…… (出た。本当に面倒だなあ)」



 二人が観察しているこの日、このあと、何の因果か事件は起きる。



 自分を送り届けてくれたキリクと鼓の後ろ姿を眺めている鈴の周波数が、また揺れた。


「? 音羽鈴はなぜションボリしてるんだ、さっきまで花畑だっただろ」

 レヴィが首をかしげるとベルフは優し気に笑って中指でメガネを整えながら「…………あ~……これは複雑ですね」と呟いた。



 魂の濁った奏の傍にいても、奏との別れ際にさえも揺らがなかったそれは、今、少しだけ揺れていた。



 レヴィが真っ黒い羽根をバサッと羽ばたかせ鈴の前に降り立つ。


「おい間抜け。何が不満でそんな顔をしてるんだ。邪魔が多かったにせよ恋路は大成功だろ」


「悪魔さん……」

 ふと顔を上げた時の鈴は確かに寂しげだった。

 上級悪魔が目の前にいても、美琴も何も言わない。鈴の気持ちをどう表現してよいのか測りかねているからだ。

 ベルフもため息交じりに同行して降り立った。



 その時。

 二体は完全に油断していた。



 不意の『攻撃』を受けたのだ、突風に。


「!? っぐ……ぁ……」

 油断しきって防御できかねた二人は中級天使の攻撃を直に食らい、吹き飛ばされた先でそれぞれブロック塀とアスファルトに叩きつけられた。そこに神々しい光が降りてきた、その光の中には『天使』がいる。


「この前もお前らの仕業か、悪魔ども」


 金色の長い前髪をヘアピンで留めている。金眼がハッキリと露わになっておりその鋭い眼光を悪魔に集中させていた。

 以前にも揺れた鈴の周波数が気になっていたキリクはその揺れに敏感になっており、再び揺れたその瞬間に確かめに来てみれば上級悪魔がいたのだ。誤解するには充分である。

 何はともあれ確実に敵に回してしまったようだ、上級悪魔二体を。



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