Op.11 委員長は巫女だった

 音羽おとわすずのクラスメイトの中に一人、他の生徒とは違う意味で鈴を見て怯えている女子生徒がいた。


 古賀こが つづみ

 取り立てて目立つわけではないが人当たりは良く周囲と円滑にコミュニケーションを取ることのできる彼女。その当たり障りのない性格からこのクラスの学級委員長を担っている。

 話という話をしたことはなく挨拶程度の関係だが、その怯え方はかのう美琴みことに憑依された時の鈴を見る生徒のそれとはまったく異質であった。

 厳密に言うならばおそれに近いものすらうかがえる。


 何より驚くべき点は、ことだ、使キリクやの美琴と。


 稀に存在する霊視体質なのだろう。だが浮幽霊といったたぐいは見慣れているのか美琴の存在についてはさほど気に留めている様子ではない。彼女が一番戦慄を現す瞬間はキリクと目が合った時である。


 おそらく以前キリクが言っていた『同業者』と何らかの関係がある可能性が高い。鈴が近づくと不自然なほどにおののき距離を取るのだ、キリクのほうを見ながら。


 これには生者と深く関りを持たぬキリクも痺れを切らし、ついに入学式から一か月経過した今日の放課後、学級委員の仕事で一人残っていた鼓に声をかけてしまったのだ、


 キリクが、直々に。


「おいコラ何怯えてんだよ鬱陶しい」


 まるでカツアゲでもする不良のようだ。


「!!! も、申し訳ありません申し訳ありません何卒お赦しを!」

 土下座してまで平謝りする鼓に同情すら覚え、慌ててなだめる鈴と美琴。


「あの 古賀さん。視えているのは日ごろの視線から何となく分かってたんですけど怯えなくても大丈夫ですよ、この人は悪魔じゃなくて天使なんです、少し口調がキツイですけど本当に、本当に悪魔ではないんです」

「そうよ、ただの馬鹿なんだからこんなふうに偉そうな時はこうして羽根を引っ張ればいいのよ」


 美琴がキリクの貴重な二枚羽根を折らんとばかりに引っ張るのでキリクは「痛てえええこの『足枷』! 消すぞコラ!」声を上げて美琴を振り払った。


「きゃ! レディに何すんのよこの馬鹿天使!」

「こっちのセリフだ! 羽根だけはやめろつったろーが!」

「じゃあ顔ならいいわけ!?」

「顔は尚更ダメだ!」


 状況を受け入れられずこの見苦しい問答を唖然と見ている鼓に、鈴は優しく尋ねた。

「もしかして、ご家庭が神道か仏教などをされてるとか……あ、プライベートのことですし、無理にお答えしてほしいとは……」


 鈴の問いにハッと我に返った鼓。


「そ、そうなの、一族で神社を経営してて、今は祖父が神主なの」


 鈴にとってはこの素直な返答は予想だにしなかったことだが、中学から彼女を知っている同級生もいるため隠すことでもないようだ。


「お前も見習い途中だろ、巫女の」


 キリクが羽根をさすりながら言うと、やはり彼女は

「は、はい、恐縮ですがまだ修行中の身ですので至らぬ点は多分に……」

 大企業で社長から声をかけられた新入社員のように改まってしまうのだ。


「もうキリクさん。怖がらせないで下さい」

「なんで俺が悪いみたくなってんだ!?」

 そんな会話の直後、


「い、今…………『キリク』、って言った?」


 鼓は言葉のごとく鳩が豆鉄砲を食ったような表情で硬直したまま、今度は真っすぐにキリクを見つめていた。

「空耳じゃなくて、本当に『キリク』さま、と?」

「? はい、『キリク』と言う天使ですよ、悪魔じゃないです」

 天界事情を何も知らぬ鈴は当然のように柔らかく微笑んで首を傾ける。同じくよく分からぬ美琴も鈴と同じ方向に首をかしげた。


 だがキリクは違うようだ。天使ではなく悪魔のような顔つきに変わる。


「ど~~~りでイラッイラすると思ったぜその周波数。『サク』だろ」


 突如飛び出した初めての言葉に鈴と美琴は傾けていた首を更に深く傾けた。鼓のほうは先ほどとは打って変わり、その瞳は金色のキリクと変わらぬほどの輝きを放っていた。


「やっぱり! あなたはサクさまの『部下』の!」


 どうやら二人の言う『サク』というのも天使の名であるようだ。

『部下』、その言葉が飛び出した瞬間のキリクの金眼は人ひとり殺しかねないほどの眼光を放っていた。しかし鼓は興奮のあまりせきを切ったように語る。


「サクさまはいつもキリクさまのお話をされるのです、とてもかわいい、あとかわいくて、そして宇宙一かわいい部下なのだと!」


 情報が乏しすぎる。情報が多いはずのこの状況でイトミミズにも満たぬ言葉しか得られないのも稀ではないだろうか。

「? ちょっとそれ誰の話よ、天使違いじゃないの?」

「確かにこのキリクさんと古賀さんのお話に出てくるキリクさんはかなり印象が違う感じがしますね」

 ヒソヒソとした小声の話も勿論キリクには全て聞こえている。聞こえても尚無視せずにいられないほど、キリクも困惑していた。いや、嫌悪に近い表情を浮かべている。


「やっぱ信者はあるじに似るもんなのか? なんであんな頭ん中お花畑のキチガイをあがめてんだ……あ、あ~、いや、説明しなくていい。だいたいわかった」


「サクさまは我が家の先祖に恩があるとおっしゃり無償で加護を下さってるのです、私たち一族はその恩恵にあずかり事故や災害から守っていただいているのです」

 説明しなくていいと言われたにもかかわらず、話さずにはいられない性分から饒舌になる。


「今となっちゃボランティアだろ。……まだあれを恩だとか抜かしやがって」

 キリクもまた鼓の先祖と面識があるようだ。


「そしてなんと常日頃より決まって天啓を下さいます、『キリクに会いたい~キリクに会いたい~』と」

「天啓じゃなく煩悩だろうが!」

「どうか一度だけでも来ていただけませんか?」

「ぜってーやだ。死んでもやだ」

「そんな! 天使さまが、『死んでも』だなんて」

「向こうから来れるだろうが! いつもほこらに入り浸ってるわけでもあるまいし。てか先月のビル火災で会っただろ。何年も会ってないみたいに言いやがって」


 今までの鬱憤うっぷんを晴らすかのように愚痴を吐く天使。どうやら鼓とキリクの中の『サク』は同一人物だが認識は違うようだ。更に言うならば鈴と美琴の中の『サク』のイメージはもはや取り留めがない。


「『地球時間で週に一度は会いたい』とのご希望です」

「なんだその婚活条件みたいな束縛! 周波数は俺より軽いのにそういうとこ上級悪魔レベルに重いんだよ!」

「『自分の周波数に気付くはずだけど無視するようならキリクが現在加護をしてる生者、イマカゴに苦行を与える』と天啓を……」

「イマカノに嫌がらせする母親みてぇに。……ってか俺そもそも今まで誰にも加護なんか与えたことねぇよ!?」

「ああ、サクさまはきっと私の魂を視てキリクさまと接触していたことにお気付きだったのですよ、さすがサクさま。これがまさにお告げというものなんですね」

「話を聞けよ! ああもう信者が似すぎて世も末だ。今すぐその怪しげな宗教を撤廃すべきだ、信仰の対象を変えろ」


 キリクの嫌悪はともかく彼らの世界で『神』や『仏』、『天使』という区分が存在しないのは本当のようだ。これがすなわち『全』なる『個』かと鈴は思う。

 神社で天使が祀られていることを初めて知った鈴にとってはとても興味い話だった。


「私もお会いしてみたいです、サクさまという天使さんに」

 孤立していたこの高校で、未だかつてないほど顔を輝かせていた。


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