Op.12 キリクの上司と神社
クラスで委員長を担う女子生徒
プライベートで上司に会うという状況にキリクの表情は言わずもがな拒絶の色をありありと浮かべているが、
霊視のできる鼓が隣にいるおかげで外でも
キリクや美琴と一緒にいる
だが石段を登って「ここでサクさまを祀っているのよ」という鼓の案内に従い鳥居をくぐろうとした途端、
「キャ!」
美琴だけがバチバチと電気が走ったように跳ね返され、騒然となった。
このようなことは想定済みだったが、キリクは相手が相手なだけに苛立った様子で舌打ちし、境内の奥にある本殿に向かって声を上げた。
「サク! 分かっててやってんだったらブン殴るぞ! 出てこいテメェこるぁ!」
まるで取り立て屋のようである。
すると鼓の祖父で神主である古賀
サクである。
だがそのハグを瞬時に避けたキリクはサクの腹を目掛けて蹴りを入れる。しかし更にサクはそれを避けたようで、ふと気付くと少し離れた場所からおっとりした優しい声が降ってきた。
「一か月も会えなくてこんなにも寂しかったのに、いきなり蹴とばすなんて酷いじゃないか キリク」
先ほどの一連の全てが一瞬の出来事でその場の誰ひとり事態を認識できなかったが、ようやく『सः (サク)』と呼ばれた天使の全貌が見えた。
キリクと同じように金色の光を放つ、珍しい四枚羽根の青年の姿。天使の輪が見えるほどのサラサラな黒髪と憂いを帯びた黒い瞳。キリクとは別の意味での王子様スタイルである。
「いきなりはお前のほうだろセクハラ上司が。大人しく蹴られてりゃよかったものを」
「私の抱擁を拒否しなければキミも足を出すまでに至らなかったはずだよ」
冗談ではなく本気の目をしている。チンピラでナルシストなキリクとは性格も全く異なり、まるで話が通じない粘着質な闇を感じるタイプだった。
「いいからアイツを境内に入れてやれよ」
キリクが親指で差す方向に目を向けると、鳥居の外で傍観していた鈴と鼓の他に『鍵付き』浮幽霊の姿を確認した。
「! …………ああ……」
美琴を見たサクは一瞬、驚いた表情で目を見開いて間を置いたが、すぐに承諾して結界を張り直した。
全員が神社に入ったことを確認すると神主の響が皆を本殿に案内して自己紹介をした。多少、しどろもどろではあるが。
孫の鼓から連絡を受けていたとは言え、自身の祀っている上級天使に気圧されもしない二枚羽根の中級天使に出逢ったのは初めてのようだ。先祖から語り継がれてきたとは言え実際に生きているうちに拝む日がくるなど想像にも及ばなかったことである。
「お、
「訪れて早々、騒がしくしてしまって失礼しました」
鈴の丁寧な態度とは反対にキリクは
「俺は加護してるつもりはない。成り行きで守ってるだけだ」
「そんな素直じゃないところも本当にかわいいよキリク」
サクの視線はキリク以外に全く向く気配がない。それどころか穴が開くほど一点集中していた。鼓にとっても響にとってもここまで浮かれる
「こんな
「ああ嬉しいよキリク、そんなに私と一緒に仕事をしたいんだね」
やり取りに終点を感じない。この二人は天界でずっとこのような会話を続けていたのだろうかと思うと四人は背筋が冷え込むようだった。
しかしキリクも自分の失態から鈴を守るほどには責任感を持ち合わせている。貸し借りについてもケジメはつけようとしていた。
「そう言やビル火災のときに仕事丸投げした礼をまだ言ってなかったな。他の大天使たちにも未だに会えてねえ」
「みんな状況を把握してるから大丈夫だよ、……上級悪魔の周波数が残ってたけどキミが切り抜けたことも大体わかってるから安心しなよ」
「…………あいつら、鈴を『高級食材』だと言ってやがった」
キリクが声を落として深刻な面持ちに変わった途端、今しがたまでお花畑にいたようなサクの空気もガラリと変わる。
そこで鈴は初めてサクと目が合った。
サクの黒い瞳はまるで重力を帯びたように深淵しか見えず、天使だと言われぬ限りむしろ先月遭遇した悪魔たちに近しいものすら感じる。その瞳は見透かすようにじっと鈴を捉え、柔らかに細くなった。
「だろうね、弱いオーラにしてはとても美しい魂だ。上質な聖職者にも勝る純度だよ」
彼らには一体どのように視えているのだろう、そのような疑問すら浮かぶ。
「オーラに関しては俺がこれから調整するつもりだ。ちょっと規則に反するが俺のことが大好きなら目え閉じてくれていいんだぜ」
全くの無感情な棒読みでそう述べるキリクに対し恍惚の色を滲ませ、
「私の気持ちを知っていながらそんな取引を持ち掛けるなんて悪い子だなあ」
再び気持ち悪い花畑に戻ってしまった。
だが、
「いいよ。キミの分の仕事も私が出来るかぎり担うから、キミはこの子らに付きっ切りでいてあげなさい」
落ち着いた口調で上司らしくそう言うのだ。さすがのキリクも面食らった様子でサクのほうに振り向いた。ようやく目が合ったにも関わらずサクは花畑で喜ぶ様子を見せない。ただ柔らかで冷静な笑顔をキリクに向けていただけである。
「な……」口を開きかけたキリクの言葉を遮り
「なぜであるかは
そう告げただけだった。キリクは釈然としていないような態度を全面に出しながらも言葉を呑み込むしかない。
自分以上の周波数をもつ存在の『言霊』には従わざるを得ないのだ。
「キミのことなら何でもお見通し、の、つもりだったのだけどね」
そう言い、美琴に目線を流した。その目線の先にあるのは、美琴の『足枷』である。
「結局、死を選んでしまったんだね」
美琴はその憂いを帯びた瞳にどこか懐かしさすら覚える。思い出すことはできないが。
天使は生者の魂を視れば過去まで分かるという。しかし肉体から離れた死者の魂について分かるのは『錠』や周波数の高低ぐらいである。
ただ、サクは生前の美琴を知っているようだった。
「願いは私に届いていたのに、やはり私からの声は届かなかったようだ。悲しみに支配されていたんだね。とても残念だよ」
生者だったときの美琴にはサクの姿を視ることは出来なかったが、何かしらここに祈りを捧げに来ていたようだ。記憶はなくとも魂がこのサクの周波数を覚えていたのだろう。
更に言うなれば、『記憶がない』ということはすなわち、死因に関係があったのだ、その『願い』は。
キリクも困惑して状況を呑み込めない中、サクが次に目を向けたのは鈴の魂だった。
「何の因果か……」
そう呟いたサクの意図は誰も理解できない。キリクでさえも。天界では言葉なしに一瞬で共有できるのだが地球ではその大気と周波数が邪魔をしてそれができないのだ。
「コイツらが知り合いだった、わけじゃないだろ?」
キリクは鈴の過去については事故に遭うまでならば知っている。しかしその過去の中に美琴が存在していないことはハッキリと確認している。
本当に一体何の因果があると言うのか。
「『知り合い』とはまた少し違う縁のようだね。私も推測の点を繋げているに過ぎないが、キミも少しは生者と関わってこのような因果を身をもって知るべきかもしれないな。だからこそ この子たちに付いてやっておやり。ゆっくりでいいから彼女の『足枷』を外すことに集中しなさい」
これもまた上司としての言葉だ。
キリクに有無も言わせることなく、そして何かを学ばせようとしているように静かに告げただけだった。
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