Op.14 レッテルは『神』から『変態』へ

「て、天使さまに触ることが出来るなんて今生で絶対にありえない奇跡よ」

 委員長の古賀こがつづみは震える手で恐る恐るキリクの腕に触れる。

「わあ。普通に……人間みたいだわ」

 その感動を音羽おとわすずにも伝えようと「ねえ鈴もほら」鈴の手を引く。しかし鈴はそのとき、キリクの変化イリュージョンよりも自分が名前で呼ばれたことに驚いて頭の中がポワポワとしていた。

 心ここに在らずな様子でキリクの手を握るが、

「あ。本当に温かい」

 体温を感じた途端、不思議そうな表情でキリクを見上げた。キリクは当然のように「構造と体温は生者と同じ造りに真似てエネルギー調整してあるから」と不可思議な事を淡々と述べる。


 鈴も鼓もよく理解できていないため「ふぅん」と首をかしげるばかりだった。二人がこれを理解していないことをキリクのほうが逆に不思議に思う。授業で習ったはずの量子力学を応用しているだけなのだが天界ではこのようなことでも言葉なしに意思疎通が出来るので地球は不便だとキリクはつくづく実感する。


 それよりも問題なのは、人間に化けたキリクが浮幽霊にも触れることまで出来る点だ。

 本来 三次元物質としての実体がなかったゼロ次元の空間に超弦素粒子を凝集させることで一次元的エネルギーを生み、それらを二次元的に結びつけ、周波数を地球のレベルに合わせることで三次元の細胞・組織・器官・生体を構成し、生者の肉眼に反映している。ゆえに生者がキリクに触れることも可能となり、また空気の振動を通じて音声も聴覚に伝達できるのだ。


 裏を返せば可逆的にも働きうる、ということである。


 いくら似せたところでそもそも実体がないことに変わりがない。そのため生者の肉眼に不可視である別次元のエネルギー体、天使や浮幽霊、悪魔にも触れることが出来てしまうのだ。


 いつも引っ張っていた羽根を仕舞い込まれたため仕方なしに金色の髪をギュウウウッと引っ張る、浮幽霊のかのう美琴みことが最たる例である。

「こんなんじゃ浮幽霊にぶつかり放題じゃないの」

「痛てぇな! お前には許可してねえんだよ!」

 片手で振り払うも、もう片手はなぜかしっかりと鈴の手を握っている。


「私がもし鈴みたいに天使さまに触れることが出来たとしてもサクさまにはおそれ多くて無理だわ」


 鼓から再度『鈴』と呼ばれた鈴は脳内がポワンと浮き立つような幸せな気分になる。しかしキリクは少しカチンとした様子で返した。

「俺ならいいのかよっ」


「キリクさまは天使っぽくないのでいいかなって。もうクラスメイトですし私がクラスの委員長なので学校ではキリクさま、いえ、犬神いぬがみこうくんよりも上なのですよ。あ、敬語もやめるわ」


 キリクの上司を祀る一族でもあるためか鼓が少しばかり図々しく出始めた。キリクも細かいことを気にしない性格のため許容しているようだが、…無意識なのか浮幽霊と巫女相手に言い合いを続けつつも先ほどから鈴の手を握ったまま離さない。

 もとより生者の中で鈴だけが天使キリクに触れることが出来ていたので互いに違和感もないようである。


 どちらかと言うと鈴のほうはずっと別のことを考えていた。

 この体温の原理が不思議でならないのだ。受精卵から分化して胚が成長した人間とは異なり、本物の血が巡っているわけではない、自律神経も真似ものであり恒温動物としての体温調節は不可能なはず。それでもこうして人間のような温かみを感じる。


 ―― (天使の姿のときには温かいとも冷たいとも感じなかったのに、本当に人間みたいで不思議……)


 鼓から『鈴』と呼ばれたときに感じた脳内のポワポワした感じとはまた違う、フワフワとした感覚を覚えた。体温に触れる機会など家庭や体育の授業で多々訪れるので珍しくもない。だが天使であることを知っているからなのか心地良いようで落ち着かない、妙な気分だった。



 ---


 転入早々に他のクラスや違う学年の者まで見物に来るほど注目を浴びるキリクだったが本人としては要らぬ波長が交差することもあり鬱陶くてならない。しかし好機なのか否か、注目を浴びている分、そんな色めき立った周囲の目が『ドン引き』に変わるのは一瞬だった。

 原因は確実である。


 断固として鈴の傍を離れようとしない、それのみ。


 席は隣、移動教室もひたすら隣を歩き、昼休憩も一緒、そして……


「トイレまで来るのはやめて下さい!」


 もとより美琴による憑依で人格を疑われていた鈴だったがまた一歩 孤立の道へといざなわれていく。鼓もそれを見ていて何ともたまれない気持ちになっていた。


 トイレは怪談の定番スポットである。実際に水が関わるため流れが滞れば重い周波数が生まれ、それがまた低周波のエネルギーを呼び寄せやすくなる。


 という理屈しか考えていなかったデリカシーのないキリクは女子トイレにまで付いて行こうとしてしまい一気に周囲から引いていただくことが出来たわけである。

 変わり者であることは転入初日に伝わったが、ついに『変態』のレッテルが加えられた。


 いくらフランス帰り (大嘘) でもトイレの常識ぐらいは備わっているのが人間である。『犬神くん、白昼堂々女子トイレに乱入』と違う意味で一目置かれてしまった。美琴でさえ離れて待つのだ、「アホなの?」と、これでもかと悪態をつく。

 天使の時には鈴の行動範囲の最小限はキリクの高周波で守られていた、つまり多少離れていても平気だったのだ。しかし生者の姿に周波数を落としてからは鈴の体を乗っ取ろうと近づく浮幽霊が増えた。そのたびに浮幽霊を睨みつけ、ちょっとした突風や竜巻で追い払うという苦労が増えてしまった。

 鈴から目を離すこともままならないあまり無意識にどこまでも一緒に行動していたというだけである。だがあまりに浮幽霊出現の頻度が高いためキリクも焦れったくなったようだ。


「やっぱオーラを根本から強くしなきゃ駄目だな」


 何やら体育会系の発言を繰り出すキリク。

 いかに慣れた鈴でも『学生の姿で言うといよいよ厨二病のように聞こえちゃう』そう思い、そっと言葉を呑み込んだ。


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