Op.15 オーラを強化するアレな方法

 キリクが天使の仕事を免除され生者の犬神いぬがみこうとして音羽おとわすずに付きっ切りになったため、鈴はかのう美琴みことの憑依を必要としなくなった。


 功を奏したか鈴が人格的に安定したように周囲の目には映り始めた。更に周囲と当たり障りなく接することのできる学級委員の古賀こがつづみとも仲が良くなったこともあり、鈴に声をかけるクラスメイトがようやく増えたようだ。


「音羽さん…… って、お昼は教室で食べないの?」


 常に犬神吼が鈴の傍にいるのが当たり前の光景となった今、仮に用があったとしても怖いので鈴のほうに話しかける。


「あ、はい。天気のいい日は屋上でいただいています」

「へえ。二人で…… 屋上で……」


 昼食に出ようとした二人を引き留めた女子生徒は鈴の返答に目を点にしてたたずむ。生者の時間に未だ馴染めぬ短気な吼は痺れを切らし、鈴を引っ張った。



「今日は特にお前らには関係のないことをするから絶対に来るんじゃねえぞ」



 その誤解を招きかねない捨て台詞に室内は騒然となる。鼓はあわてて立ち上がり、「私もいるから、護身術を習うだけだからっ」と言い訳を残して二人の後を追いかけた。



 じきに梅雨がくる。

 梅雨には陰鬱な気が立ち込め、生者も低周波に陥りやすくなる。五月の大型連休後に自殺した『足枷付き』の霊が集まり始め、もともと居た犯罪霊『首輪付き』までも呼び寄せて大きな低周波の団塊がなされるのだ。するとの悪魔たちが匂いを嗅ぎつけ魔界から群れで捕食に浮上してくる。


 にとっては対象が『鍵付き』か否かなど大した問題ではないのだ。

 もちろん透明度が高く高周波の魂であれば好都合だがそれを好むのがグルメな上級悪魔であることをはよく知っているため序列を理由に雑食と化しただけだ。

 いずれにせよ悪魔に食われた魂は彼らのエネルギーとなり、底なしに低く重い周波数に消えていく。

 下級悪魔に食われればその一部に、上級悪魔に食われれば無に帰す。


 厄介なのは、天使でも感じ取るのが困難な超低周波を放つ七大悪魔が低級たちの周波数に乗じて生者狩りにくるのもこの時期であるということだ。透明な魂の鈴を守るための正念場が今である。



 ---


「死者の鎖って意味があったんだね…… おじいちゃんにお祓いを頼みに来る人たちのほとんどから『首輪』の霊が出ていくのよ。『足枷』霊も稀にいるし何も付いてない霊もいて何が違うんだろうって気になってたの。サクさまが美琴を視て哀れんだのはもしかしてそういう…………あ、ご、ごめんなさい」


 美琴に足枷がついている理由を知った鼓は咄嗟に口をつぐんだ。もちろん美琴は「大丈夫よ、この馬鹿天使なんて『足枷』としか呼ばないんだし」と全く気に留めてない様子である。


 広げていた弁当を片付ける鼓をキリクはまじまじと眺めた。

「前から思ってたけどお前、わりと視えてるよな。普通は感じ取るぐらいでも生者としては珍しいほうなんだけど」


 偉そうに言いながらも、手に持っているのはイチゴ牛乳。


 キリク曰く、「今の俺にとっての『神』だから」 だそうだ。一日三回イチゴ牛乳を摂らねば体が消滅すると主張している (大嘘)。


「祖父が言うには、一族の中で私が一番オーラが濃いとか……」

「だろうな、その年にしては第五層は上質だ」


「私にはそういうレベルがよく分からないの。色と層くらいは視えるけど」

 鈴は二人の会話についていけず鼓をじっと見つめた。しかしいくら目を凝らしたところで本当に『色や層』程度しかわからない。


「生者のオーラは七層。周波数が高いほど多いんだ。よく『霊感ある』なんて言って意識を乗っ取られたり体調崩す生者もいるけど、そういう奴らはつまり浮幽霊と近い周波数ってことだよ。オーラも第二層までしかなかったりさ」



 生者のオーラは次の順で覆われている。

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 第一:赤、エーテル層 (体表面を覆う基礎エネルギー)

 第二:オレンジ、エモーショナル層 (第一層の周りを覆う感情エネルギー)

 第三:黄、メンタル層 (精神エネルギー)

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 上記が生者の基本体である。

 そして下記からは、聖職者や修行僧などの『悟り』の領域、すなわち『安定感』で決まる高周波のオーラである。

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 第四:緑、アストラル層 (慈しみ、慈愛、情緒のエネルギー)

 第五:水色、エーテル・テンプレート層 (肉体エネルギーを安定させる)

 第六:青、セレスティアル層 (感情エネルギーを安定させる)

 第七:紫、コーザル層 (精神エネルギーを安定させる)

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 これらは第七チャクラ百会ひゃくえから第一チャクラ会陰えいんまでの七つのチャクラとも連動している。

 慈しみをもってすべてを赦しチャクラの流れを感じて自身の何もかもをコントロールできるようになったときコーザル層が色濃く解放されるという。


 鼓は祖父の話からも覚えがあるため少しは理解できたが、鈴や美琴にはさっぱり分からなかった。キリクは鈴を立たせ、天と地に垂直になるよう姿勢を正しながら直立させた。


「鈴。お前は勉強はできるけど、習うより慣れろ」

「? は、はい……」


 鈴の背後に立ち、頭の中央、百会に手をかざす。もう片手を下腹部の丹田たんでんの位置に添え、引き寄せた。


「???」

 背後に密着するキリクの体温が伝わってくることを意識した鈴の心臓はドキドキと波打ち、少しだけ頬が熱くなった。傍で見ていた美琴と鼓も口元を両手で覆い、この状況を凝視していた。当然ながらキリクには誰が何を考えているのか全然わかっていない。

「? 鈴、もう少しリラックスしてくれないか。なんか、ものすごく周波数が乱れてんだけど」

「ご、ごめんなさいっ。何をなさるのか少し不安になっただけで、あの、その、大丈夫です、集中しますっ」

 鼓は傍観しながら鈴に同情し、そしてキリクのデリカシーのなさに興醒めする。

「ラブコメのラブが台無し……」

 聞こえない程度に呟いた。


 鈴は苦肉の策で、心を無にする。それは不幸中の幸いだったようでキリクは「助かるぜ」とホッとし、鈴の全チャクラに集中した。そして天から地へ直線に通るよう、一気にエネルギーを流し始めた。


「!?!? か、体が、熱い……」


 急に脳天から体内を下っていく熱気。下ったかと思えば上行し、感じたこともないような火照ほてりが鈴の体を循環するかのように駆け巡る。

「感じることだけに集中しろ。変化があれば言え」

 言われた通りに集中していると体の表面に何かボンヤリと赤い膜のようなものが見え始めた。


「赤い光……」

「それが第一層のオーラだ。それでもまだ薄いんだよ、相当弱ってる証拠だ」

「??」


 鈴はその赤いオーラを視るので精一杯だったが浮幽霊の美琴にはさっぱり分からない。エネルギーが天からどんどん流れ込む感覚を感じ続けていると、次は赤の周りにオレンジ色が見え始めた。


「オレンジが出てきました」

「それが感情を司るエモーショナル層、そして次が生者として必要最低限の、…」


 オレンジ色の層の周りがみるみるうちに黄色の層で包まれた。


「メンタル層。ここまで回復させておけば憑依される確率も減るし変な浮幽霊も近寄らなくなるよ (どうせならアストラル層まで行きたかったが俺が限界)」


 その一連を傍で見ていた鼓は口を開けて放心していた。


「私はオーラを水色にするまでに山を登らされたり写経させられたりしたのに。そもそもサクさまも出来るならこうしてくれればよかったのに……」


 その言葉は『神社での祈願』と同じでそのままサクに届いていることを鼓本人は知らない。一方のサクは面白がり、有りのまま神主のひびきに伝えて二人で「それでは生きる意味がないからなあ」とほのぼの笑い合っていた。



 ---


 ちょうど昼休みが終わり教室に戻ると、室内は妙な空気でざわめき揺らいでいることに気付く。その空気に鈴が困惑していると、生徒が一人、「あの、音羽さん……」 と近づいて来た。

 キリクは生者の姿をかたどっていても本質は天使。クラスメイトの魂をサーチし、だいたいのことを把握して呆れかえっていた。


 だが生徒たちは鈴の肌ツヤ、血色が目に見えてよくなっていることを確認し、思わず声を上げてしまった。


「音羽さん! 犬神くんに処女を捧げちゃったって本当なの!?」

「え!?」


 教室内が再び沸き立つ。この洒落にならない誤解は鼓の「だから護身術で太極拳を教えてただけよ」という何のムードもない一言で消え去り、クラスはまた日常を取り戻した。




 ==========


【後書き】


 第七チャクラ百会と繋げるためにキリクが触れた場所を第一チャクラ会陰でなく第二チャクラ丹田としたのは年齢制限の関係です。


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