Op.16 その周波数は寂しさに揺れる

 天使の力によって音羽おとわすずのオーラを通常の生者と変わらぬ第三層まで半ば強引に強化したキリク。生者に紛れて鈴に付き添うとは言え、さすがに家にまで上がり込むわけにいかないため普段は『住所』を置いている場所に『帰宅』している。


「鈴の家には俺の結界を張ってあるから大丈夫だ、俺のね。この俺のだから破れる奴なんざそうそういてたまるかよ」


 責任感があるのか逆に無責任なのか、実にキリクらしい傲慢さ全開でかのう美琴みことに護衛を丸投げしてクラス委員 古賀こがつづみの邸宅に向かった。


 ホームステイとでも言えば鈴の家でも受け入れられたものをなぜわざわざ鼓の家に住所が置かれたのか。

 それはキリクの上司、サクの陰謀だった。鼓の祖父で神主のひびきは天使サクを祀っているためその厚意 (サクの尋常ではないほどの強い要望) で住所を与えてもらい、あまつさえ響は学校長とも旧友だそうで裏口入学が叶ったのだ。

 キリクも従わざるを得ず、

『天の思し召し、天の思し召し』、

 と自分の真言ではなく生者っぽく自己暗示の呪文を唱え、鼓と一緒に下校している次第である。


「下校ぐらい瞬間移動じゃ駄目か?」

「誰かに見られたら怪しまれるじゃないの」

「……もう既にめちゃくちゃ注目浴びてるんだが」


 学校では鈴から一時も離れず浮幽霊のように付きっ切りでいるのに、そんな犬神いぬがみこうがなぜか鼓の家に一緒に入って行く。その不思議な姿を目撃されているのだから注目を浴びて然りだ。もちろん鈴を送り届けてから、である。

 帰るルートが同じであるのが幸か不幸か、といった微妙なところだ。言い分けも面倒で誰も何も弁解しようとしないのでますます波紋を呼んでいる。


 一方、当の鈴は自宅に送り届けてもらったあとに二人の背中を見送る時、最近は自分の中に少しの寂しさがよぎるのを感じていた。


「……な、なんだか、二人に離れられると少し心細いですね」

 美琴にそう声をかけて自宅の玄関に入る。

「あ、でも、家に入ったら心細さを感じない…結界があるからでしょうか」


 ――「それは二人の一緒に帰る姿が見えなくなったからじゃないかな」

 とは言えず、美琴は

「せいぜい変態上司からベッタリくっつかれて疲れればいいのよ」

 そんな皮肉を言って鈴を笑わせた。


 あながち美琴の『予言』も外れてはいないが。神社のすぐそばにある鼓の邸宅に足を踏み込んだ瞬間、もう毎度毎度サクが出迎えるのだ、大天使にも勝る神々しい輝きを放ちながら。


「おかえりキリク。ごはんにするかい? お風呂湧いてるよ? (鼓の母が沸かしたけれど) それとも天使の姿で本殿に……」


「なぁ~鼓。今日英語の教員が言ってた翻訳ぜったい間違ってたよ。あそこ『that』じゃなくわざわざ『what』って指定してんのにあの訳じゃ主語が全く違うものに変わってんじゃん。誰も指摘しねえの?」

「さすが天使さまねえ。生者の言葉はどの国でも合わせられるって羨ましいわ」

「周波数で意思疎通できるしさ。何ならムー大陸とかアウストラロピテクスの言葉も分かるぜ」

「ええええ!?!? それ、ノーベル賞レベル!!!」


 生者らしい会話で完全に除け者にされたサクはショックでよろめいてしまい、手で顔を覆って膝から崩れ落ちた。

「もう天使としてすら会話してくれなく……」

 先祖の代から崇め祀っていた存在のこんなにも弱々しい姿を初めて見る響は何と声をかえたものやらと思い、そっとお供えの清酒を差し出す。

「サクさま。どうか御心を強く持たれたもう」

 信徒から励まされる始末だった。それでも周波数が微塵も乱れない、だからこそキリクは容赦なく無視することができるのだ。


 どちらかと言うとキリクはサクなどよりも鈴の周波数が少し乱れていることのほうが気になっていた。

「鈴の周波数が少し揺れたんだ。何があったのか確かめときゃよかった……」

 キリクが言うので鼓も不安になってくる。

「まさか結界が……? (あんなに自信満々だったのに)」

「いや、結界は安定してるみたいだ。でも本当にわずかな間だったけど微妙に揺れてた。わりと強化したはずなんだけど」

「浮幽霊を視た、とかじゃない? 確かめられないの?」

「恐怖や驚きの周波数じゃなかった。思い返すと、不安にも似た何か、だ。大きな揺れじゃなかったし今は結界の中にいるから大丈夫とは思うが…… スコープでも魂の所在地ぐらいしか視えないからな。明日確認してみよう」

 キリクの懸念は明後日の方向だったが、


 この翌日、そんな小さな心配とは比べ物にならぬほどの出来事が待ち構えているなど誰も予想だにしていなかった。


「ふん。こんな安い結界を張るなんて『獲物です』とアピールしているようなものじゃないか」


 七大悪魔、レヴィとベルフ。この二体が、鈴の家の上空にいたのだ。

 天使には感じ取れぬほどの低く重い周波数を放つ強靭な彼らは『鍵付き』霊をつれていても透明度が揺らがぬ美しい『高級食材』の鈴、そして神社の波動を持つ巫女見習いの鼓に加え、生者の姿をかたどっていても中身は高周波の中級天使キリク、この大層目立つ組み合わせを見つけるに時間を要さなかった。


「先輩の炎、何気にアスモデウスと同等ぐらいの電流まで流れますからね、結界の組成も変わって侵入しやすくなりますよ」

「その名を口にするな! 来たらどうする! 名前を言ってはならない例のビッチとでも呼んでおけ!」

「普通にビッチって呼べば良いじゃないですか」

「ここにまさかの番犬がいないのは好都合だがな」

「ですね。しかも本命の彼女、この前よりオーラが濃くなっています」

「はぁ、この上なく美しく、惚れ惚れするよ。……今夜は、宴だ」


 二人は生者が夜に呑み込まれ眠りに落ちる時を静かに待った。コウモリのような羽根をゆらゆらとなびかせて。


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