Op.37 本能に抗わない彼ら
レヴィとベルフを取り囲んだまま他校の男子生徒たちが一斉に
「しくじった……」
レヴィは胸ぐらを掴まれたまま、
ベルフは二人がかりで両脇を固められたまま、
一緒に地面に這いつくばっていた。
何が起きたのか。
「思えば生者にこの状況で催眠かけたことってありませんでしたね」
涼やかな声色で微笑みながら皮肉を言うベルフの言葉どおり愚かにも生者と戯れている最中にレヴィが口笛を吹いてしまったのだ。
「どうするベルフ。全員頭を下げてるせいで誰とも目が合わないぞ」
ついでながら催眠中にある彼らに言葉も通じない。更に言えば『帰れ』の合図で指を鳴らせば家まで連行されかねない。例え男子生徒たちの手を切り落としても手だけは確実にご自宅へと二人を
「跪いてるこの生者たちの頭より僕のほうが下にあるのも屈辱です」
「言うな。じゃあ一瞬だけメスどもの目をくらませて悪魔の姿に戻るぞ、その間にこいつらの手をすり抜けよう」
「いい案ですけどどうやって」
「? お前の氷結晶で近くの信号機でも破裂させろ」
「先輩、今の僕の状態が見えてないようですが、僕、両手が塞がってるんですよ」
「何だと。使えないクズめ」
「こんな時だけホント口が悪い!」
「仕方ない、じゃあ俺があのコンビニの電球を火炎竜で割ろう」
「もっと穏便に行けないんですか」
「役立たずのお前に言われたくない。いいか、今から三つ数えて電球を割る。その隙に悪魔の姿で離れて生者の姿に戻るぞ」
「もはや魔界でもウケそうなイリュージョンですね、ネタにしましょう」
「いいから集中しろ。行くぞ、3、2、…… 1 !」
パリーンッ!!!
「あれ!?」 声を上げたのは何故かベルフ。
再び何が起きたのか。
作戦通りコンビニの電球がいきなり割れたことにより周囲の視線が逸れ無事にイリュージョンを完成させることができたのは良いのだが、
「ゼロまで数えるものだとばかり…………!」
息も反りも合わぬレヴィの荒唐無稽な扇動にベルフは男子生徒たちと同じ姿勢で打ちひしがれた。
「なんでお前まで跪いてるんだ」
「先輩のフライングのせいじゃないですか!!!」
更に言いながら途中で気付いたのは、
「! どうせ跪いてるだけでも目立ってるんですから堂々と悪魔の姿で抜け出して忘却魔法を使えばよかっただけでは!?」
その言い分にレヴィが女子生徒たちに目を向けると、なるほど確かにと感じるほどに奇怪なものでも見るかのような彼女たちの視線が降り注いでいた。つまるところどちらにせよ彼女らの記憶を消さねばならないのだ。
「なぜそれをさっき言わなかった。俺の炎のエネルギーを返せ」
「僕のような役立たずの意見には聞く耳持たないんですよね?」
「言い掛かりはよせ。それより早く『合図』を……」
レヴィが言いかけた際、
パチンッ、 と誰かが指を鳴らした。
「あ~残念! さっきの破裂、動画に撮りたかったなあ」
指を鳴らしたその誰かは単なる野次馬だった。
しかし跪いていた男子学生たちは軍人のごとくザッと全員上がり、足並みそろえて各々の自宅方面へと散り散りに向かい始めてしまったのだ。
「……『合図』系の催眠は誰がやっても効果があるのか」
初めて知ることだらけである。
それでも気を取り直して女子生徒ら含め野次馬の記憶も忘却させた二人は女子生徒に連れられカラオケという個室に入室することに成功し、顔を見合わせてハイタッチした。
まず品定めしてお気に入りの子を一人ずつ見つけ、他を催眠で帰らせた。
「えー、なんで帰っちゃうのぉ?」
残された二名の女子生徒はつまらなそうに眉を寄せていたが、突如ベルフがメガネを外しお気に入りの子の目をじっと見つめるとその子はベルフから目が離せなくなった。
その間に悪魔らしい誘い文句でこう言うのだ。
「今日は貴女に甘えてもよいですか?」
レヴィもまたその三白眼で吸い寄せるように自分の選んだ子を凝視し、口元には笑みを浮かべて
「俺に
と、らしからぬ言葉を口にする。態度は相変わらずだが。
これらは言わば『魂を食らう』合図だ。
アスモデウスも然り、上級悪魔は生者から魂を吸い取ることができる。それも殺さずに、である。ここでの魂とは俗に言われている神の一部を賜った光の集合体のほうではなく『生命力』のほうなのだ。それゆえ吸われたほうは疲労感を覚える程度であり寿命がすり減ることはない。
催眠にかかった二人の女子生徒の目からは光が消えた。
「ベルフ。……三分の一に抑えるぞ。足りるか」
「さてどうでしょうね。最近は生者を食らってませんから抑えが利くかどうか」
「じゃあまずは三分の一吸い取ってから決めよう。カウントを……」
「先輩はもう二度とカウントしないで下さい」
そして彼らは各々のお気に入りの子を口付けで眠らせ、透明度の高い部分の魂だけを
レヴィは唇をペロリと舐め、
「なかなか良質じゃないか。三分の一でも充分だ」
肩にかけていた女子生徒の脚を戻しながら満足げに笑う。
ベルフも同じく妖艶に微笑み、ソファーに寝かせていた女子生徒の体を丁寧に起こした。
「旨味のない浮幽霊や臭みのある『鍵付き』ばかりの生活でしたから余計に満たされますね。それにクラスメイトは特にキリクのおかげで知らず知らず魂が浄化を受けてますし」
彼ら悪魔が
二人はこの自分たちの抱いている違和感に気付きながらも暗黙の了解で互いに口に出さぬようにしていた。
上質な魂は肉体を離れれば瞬時に天界へ送られてしまう。周波数同士が共鳴し合うため、近い波長のほうへと自然に引き寄せられるのだ。
つまりグルメな彼らが上質な魂を食らうためには生者を殺すしかない。それでも三分の二を残すのが、天使や音羽鈴に感化された『情け』だということを彼らは知らない。気付いていてもその『名』を本当に知らないのだ。
そして知らないなりに別の不安要素がよぎってしまう。
「今思ったんだがこいつらの魂、汚れた部分だけ残ってるのはさすがに公安にバレるかな」
「…………」
キリクにバレれば
「その時はその時で考えましょう」
という考えに至った。
そして二人の女子生徒を親切にもそれぞれの自宅のベッドにまで運んでやり、記憶を消した。
では以前はどのように生者の魂を食らっていたのか。
彼らは一様に残忍であり、真の意味での『魂』を全量吸い出し、用済みとなった空の生者の肉体は
これで天界からもこの生者の情報はすべて末梢され、初めからいなかったことになる。そのためしばしば帳尻が合わなくなり大天使たちが右往左往するということを繰り返していた。
この半年で二人がその残忍な行為をしなくなったのは『道徳』という名の天より賜りし『情け』が芽生え始めたからでもある。ただし後先考えることなく目先の欲望だけを満たして後のことはその時に対処しようとする部分は上級悪魔と言えど人間のオスと相違ないようだ。無論、もとは悪魔たちの司る大罪が人間の中に芽生えたため、神の一部も悪魔の一部も集結した生者がこの地球で魂を磨いているだけなのである。つまり悪魔たちが人間くさくとも何ら不思議ではないのだ。
そして後日、彼女らの周波数が落ちて対人関係に響いたことでその魂からキリクが過去を辿った結果一瞬にして真実が明るみになった。いかに忘却魔法で表面上誤魔化したとて魂が記憶するのは真実のみ。
魂を吸われ美しい感情が欠損した二人の女子生徒は鼓に連れられ神社へ行きエネルギー補充と浄化が成されたのだった。
当の悪魔二体が性的暴行・殺人未遂さながらの罪を問われたことなど言うまでもない。『情け』も半端であれば因果応報に報いを受けかねないということである。
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