Op.48 第7曲 コンフターティス(呪われ退けられし者達が)
修学旅行当日、京都の神仏という神仏がキリクとシュリーの訪問に騒然となっていたことなど生者たちは知る由もない。
「天界でも騒ぎになっていたが本当に生者の姿で来るとは」
「何とふざけたことよ」
天界ではネガティブな低い周波数が存在しないためネガティブの温床である地球の生者と直接関わる天使は希少価値が高い。天使の羽根は二枚、四枚、六枚とその数によってエネルギー量が分かり、付随して中級、上級、大天使と階級が上がる。ただしその階級は周波数とは必ずしも一致せず、二枚羽根と言えどキリクの周波数は天界ではサクと並ぶほどだった。高位の周波数は精神の安定感を指す。
ところが単純なキリクは地球で生者の姿をキープすることにエネルギーを費やし、
それにつられるようにシュリーも稀に揺らぐ。これこそが地球というフィルターの恐ろしい面だ。
対するサクの周波数は恐ろしいほど微動だにしない、だからこそ
サクの加護する神社から一週間近くも離れた場合一体どうなることか。それが京都の神仏たちの最も大きな心労だった。
「別にお前らに頼るつもりねぇから」
生者の姿につきキリクもこっそりと境内で大天使に話しかける、が、大天使にしてみればその一言は悪魔のささやきと同等である。
「何を言うか。あのような七大悪魔を三体も引き連れて生者の中にいるお前たちが低周波に引きずられないなど断言できまい」
「そうだ。いつ堕天してもおかしくないその状況、今までサクの神社だけでよく耐えられたものよ。一体どのような学びを得てそこまで安定してるのだお前は」
不安と不思議の混ざった周波数を放つあまり敏感な生徒や観光客は
「なんかここ落ち着かないね」
と何か不穏なエネルギーを感じ取りその場を揺らがせた。
しかしそれでも『足枷』付きの
鈴も鼓も、そして美琴も。
全国の生者がこぞって敬意を払いながら祈願に来る神社の『神々』に、申し訳なさそうに愛想笑いを向けて
「えっと。不躾かもしれないんですが念のためお尋ねします。やっぱりお
生まれてこのかたサクに守られていたのでお賽銭など無縁だった鼓が本当に不躾に大天使に尋ねると、大天使はサクのブラックホールのような瞳をふと思い出して身震いし、
「要らん。そもそも生者があの珍妙な参拝方法にこだわるのも謎だ。何より硬貨を投げつけてきておきながら願いを押し付けるような者は最初から相手にもせんぞ」
という本音を漏らし始めた。一羽の大天使がそう言うと他の神社からもふと集まった大天使たちもまたこぞって生者への不満をぶつけ合う。
「そうだそうだ。生に喜びをもち『全』へ感謝をしているというわけではないのを参拝マナーとやらの形式だけで誤魔化している」
「いくら形だけ敬意を見せるフリをしたところで下心はしっかり届いているのだ。挙げ句、ちゃんと愛を以て願いを聞き入れその者に合う形で啓示しても生者はその啓示に気付かず無視をする」
「あの『今でも幸せですがもっと幸せになれますように』と表面上では唱えながら『宝くじ高額当選』が根底にあった者には腹を抱えて笑ったものよ」
「おお、そういえばまだあの者の結果を聞いておらなんだ」
「それがな、ロトという手軽なものを望んでいたようなので私はしっかり次のロトの当選番号を何度も何度もあらゆる形で目に入るよう意識に働きかけてやったのにまるで気付きもせずジャンボなるものに手を出し、言葉通り的外れな番号となり散財しおった。なんと間抜けよ」
「それが地球の周波数ということだ。恐ろしい。高い周波数に波長が一致しないから提示に気付く余裕もない。まあそれが業なのだが」
「生者はそのように手探りの巨大迷路にいるからこそ肉体を離れた後で一層輝くというものだ」
「我らは直接、モノで叶えることはしない。彼らが『金が欲しい』と願っても、その『願い』の中身が本当は『金』ではないことを知っている」
「『金』の先にあるもの、豊かさ、満足感、最後に辿り着く望みは『愛』だけだ」
「我らは『金』の先にあるものを叶えんとしているだけだ」
「彼らの魂から過去を読み、彼らの生き方に見合った方法で意識に働きかける」
「真の望みに見合うだけの金が手に入る方法、豊かになれる方法、満足を得られる方法、その者にとっての愛を実感できる方法」
「しかし
「彼らは我らを信じていない。自分さえも信じていないから潜在的には啓示に気付いたとて表層意識に隠れているから行動に移そうとしない」
「信じて行動に移せば必ず進めるように啓示をしているのになあ」
「自分の深層心理に気付きさえすれば我らへの参拝など不要なのだ」
「根底は皆、『全』と繋がっているのだから」
「それでも揺らぎそうになっている生者の背を押すのが我らの役目」
「我らが生者の願いを直接叶えるということは、生者の地球に生まれた意味を奪うことだ」
「四班さーん!? いつまでどこ見て何してんのー? 次行くよー」
話しの区切りがついた、とてつもないタイミングで呼ばれたことに鈴と鼓、美琴は唖然とした。
見ると大天使たちは神々しく微笑んでいる。
「久々の生者への説法も悪くなかった」
「足止めしてすまなんだ。少々意地悪を働いてしまったな」
「意図が伝えられるのが嬉しくてな、つい礼を欠いてしまった。またこの地上で会うときはいつでも歓迎しよう」
キリクやシュリーは平然としているが、つまるところ彼らは『呼ばれる』タイミングまで視ていた、その上での『説法』の尺を取ったということだ。
一枚の木の葉が落ちる、その瞬間さえも必然であるという。
彼らは一様に、全ての生き物の意識、天候、季節、その時の環境、あらゆる『全て』を視て大切な生命のヒントを『啓示』してくれていた。
そのことに気付いた鈴たちは何かが沸き立つ思いで心から感謝が出る。
「ありがとうございました!」
そのたった一言の言霊に乗った周波数は讃美歌となり大天使らに届きまた『全』へと還元される。
「これが一番の参拝というものだ」
「うむ、何とも心地よい」
最後に大天使らは生者姿の悪魔三体をチラリと
「欲望と願いは似て非なるもの。願いを惑わし欲望を引き出すなど言語道断」
「しかし我らが大いなる『全』は貴様らさえも愛しておられる」
「生者の精神修行に必要な欲を提供する、必要悪というものだ」
「貴様らごときが数体いたとて我らの周波数は揺らがぬ」
「秩序を乱しすぎぬようこの地を楽しむが良い、『生者』として」
大天使たちもよほど興が乗ったのだろう、上級悪魔三体をもテリトリー内へ歓迎したようだ。無論、それは一部の大天使たちだけであるが。
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宿で鈴と部屋の別れてしまいただでさえ不満いっぱいのキリクはレヴィやベルフたちと同室ということも相まり我慢ならず、その夜、鈴のいる大部屋へ天使の姿で乗り込んだ。
神々しい姿で二枚羽根を折りたたみ、寝ている鈴の隣にスッと横たわる。そして鈴の寝顔をじっと見つめて満足し、
「ヨハネ」
そんな謎の言葉を吐くと、鈴はむにゃむにゃしながら寝言で
「ペテロ」
と合言葉のように呟いた。これは鈴と一緒に寝る習慣がついて始めたイタズラである。顔を覆いながら笑いを堪えて悶絶するキリクだが、
「私たちもいるんですけど」
鼓とシュリーはウンザリした表情で苦情を申し立てた。
ついでながらアースは男子生徒の部屋で催眠をかけて搾り取っている真っ只中である。詳細は年齢制限上割愛するが色欲のエネルギーを修学旅行に乗じて掻き集めているところだ。
さらにレヴィとベルフに至っては天使の姿で鈴に会いに行くキリクを見て「なるほど」と悪魔の姿に戻り、やはり鈴のいる部屋へ訪れる。突然現れた悪魔二体にキリクが驚いて「何しに来たんだよ」と威嚇すると、ベルフが澄ました顔で
「こんな上級悪魔の低周波に晒される同室の男子生徒たちの魂がどうなるかお分かりですか」
そう論破した。
学校ではキリクやシュリーが緩衝材になっているが通常の生者は天使もいない状況で上級悪魔と長時間接触すれば魂は黒く染まっていく。つまり『せっかく大天使たちに許可を得られた京都旅行も自分たちのような強靭な悪魔が乱しては追い出されること間違いなし』という言い分を全て詰め込んだのだ。その上でキリクに付いて来たまでである。
アースはとうに規律を乱しているが彼女の場合は特殊であり、契約さえしなければ搾り取られた生者の魂は濁されることはない。
キリクもシュリーも納得の上で黙って二体を受け入れる。
が、しかし。突如、レヴィは生者の姿になり座っている鼓に吸い寄せられるように近づきバックハグをした。この機に乗じて鼓の魂を味わおうという魂胆だ。
「ちょ、
皆に聞こえぬよう小声で叫ぶと、レヴィは鼓の耳元で囁いた。
「駄目か?」
そう言いつつすでに第五層のオーラの表面を摂取している。
「だ、だめだって!」
「どうせお前の周波数が落ちてもあのサイコが加護をやめるわけじゃないんだろ? なら問題ないじゃないか」
鼓の肩に顔を
「いい加減にしな。見てて呆れるよ」
「そうですよ、そんなだから低級悪魔に舐められるんですよ」
加えて言えばそれ以上進めた限りにはサクが容赦なくここに姿を現していた事だろう。サクが現れてしまうといよいよこの地域の周波数は天界並みになるところだ。
ずっと傍観していた浮幽霊の美琴は生者目線と天界、魔界の目線から総じて「なんて節操のない光景なの」と半ば呆れていた。
しかしレヴィを止めたベルフも、
「まあ先輩の気持ちは分かりますけどね、僕も理性はありますけど、何と言っても同じ悪魔です。古賀さんや音羽さんの魂を食らいたいという思いぐらいは素直にあります」
そう冷静に自白する。
こういうタイプの一番恐ろしいところは境界を見誤りがちだということだ。冷静で理性的だと油断していると思わぬ面でも冷静に境界を超える。ベルフェゴールの恐ろしさはそこにあった。分かりやすいレヴィやアースと異なり、ベルフは『その時』躊躇もしないだろう。
神と呼ばれる存在たちに囲まれたこの地でこんなにも冷静で淡々と乱れぬベルフに美琴は少しだけゾッとした。
時間の概念が存在しない大天使たちは夜が更けても生者のために働き続けている。
関わった生者ひとりひとりの魂をスコープしながら様子を窺い、啓示を怠らず、常に愛を送り続けているのだ、それはひとえに『全』の意思、愛だけである。
だが一方で、悪魔までも赦せる大天使というものはほんの一部にすぎないことも事実。当然その一部以外では反対の声も上がっていた。
「キリクが生者とエネルギー勾配をしているそうだ」
「なんたること」
「それも七大悪魔と共に行動している」
「キリクもシュリーも生者に交じって周波数で判別できなかったぞ」
「ああ、生者に溶け込みすぎている」
「あの上級悪魔もまた生者に混ざっているじゃないか」
「『鍵付き』まで連れて何の仕事もせんとは」
「これだから若輩天使は。世も末だな」
「早急に手を打たねば天界の規律が乱れてしまう」
キリクが修学旅行を嫌がったのはこのようなことも想定していたからである。しばし平穏だった生活に、また不穏な要素が生まれ始めていた。
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