Op.47 第6曲 レコルダーレ(思い出したまえ)
梅雨が明けて夏が来る。
穏やかな日々が続いた。
それはまるで嵐の前の静けさのように、
風は既に彼らの傍にあった。
二度目の夏休み、キリクはほとんどの時間を
朝、鈴の部屋から
そして一緒に寝るときは鈴を抱きしめているだけだった。時には生者の姿となり高い温度で鈴を包み、時には天使の姿で鈴にエネルギーを送り込む。どちらかが許可を取り合ったわけでもなく、ただそれが当たり前のように繰り返されていた。
鈴はキリクで満たされている。
それをつまらなそうに外から眺める輩もいた。七大悪魔である。
常に三体もの上級悪魔が家を取り囲んでいるのは異常なことであるがこれが日常なのだ。結界の中に侵入できない悪魔たちは氷結晶を二階の窓にコツン、と当てたり、トカゲ程度の大きさの火炎竜でノックしたり、微弱な静電気を連発したりとちょっかいを出す、しかしキリクはそれらを完全に無視し続けた。
すると とある日ついに痺れを切らしたアースとレヴィがコラボして「炉心融解&核融合爆発」などと訳の分からぬ技を繰り出し本気で結界を破壊しようとしたのでキリクも応じない訳にはいかず、鈴や
そんな日々が続くと、神社の境内に留まっているサクが生者の姿のシュリーをチラチラと羨ましそうに見てはフイッと目線を逸らすので、少々気まずく思うシュリーは
「今日もサクさまはソワソワしておられたよ」
そうキリクに伝える。キリクは「へえ」とぶっきらぼうに簡易的な返事を返すのでカチンときたシュリーから
「アタシの身にもなりな!」
と暴力で解決され、たまに皆で神社のほうに遊びに行き悪魔を蚊帳の外に追いやって挨拶を交わす、これが日常と化していた。
生者も霊も、天使も悪魔も元は皆『全』と繋がっている。『全』のエネルギーを使い、形を変えながら『個』として在るだけだ。だが相容れないのが現実であり、それでも彼らは元に戻るかのように一緒にいた。本来あるべき姿とは何だろうかと感じているのはキリクだけではない。数十年、数百年、千年、何億年、それ以上、遥か昔に『全』より分離したときから皆、そこに辿り着く。それでも解決しないのは周波数という次元の違いが彼らの視覚や聴覚を違わせているからだ。
目に見えぬ存在たち、触れることの出来ぬ者たち、聞こえぬ声、感じられない感情。波長が同じであれば共有できるものであり、素粒子の放つ波長が違うというだけで同じ空間、同一の座標に在ってもすり抜けてしまうのだ。
この世界は同じ場所に無数の周波数たちが重なり合っている。
例えば美琴の同級生が彼女の姿に気付かないのもそれである。
「もう何年目だっけ」
「何が?」
「ほら。叶美琴が自殺してから」
街の中でその名が高校生らの口から出た瞬間、思わずキリクとシュリーが声の持ち主らの魂を読んでしまった。今は彼女らも私服だが魂に視えた過去はおそらく同じ中学だったであろう制服。
それから美琴のボロボロの姿。
そのイメージはキリクを通して即座に鈴にも伝わってしまう。
「悪い、鈴。無意識だったんだ。大丈夫か?」
鈴の心が揺らぐことを恐れたキリクは鈴の顔を覗き込み、何が起きたか察したアースも何故か「忘却ならできましゅよ」と助力を試みようとした。
だが鈴は存外安定しているようだ。
「大丈夫です。私、もうそんなに弱くはありません。それより美琴さんのほうが……」
当の美琴に皆が注目すると、キョトンとしているだけである。
「ねぇもしかしてあの子たち、私をイジメた奴らかな」
忘却は祝福であるというだけあって覚えていないというのは幸せなのかもしれない。
キリクとシュリーの視たそれらは明らかに陰湿で、幼稚で、その中に後悔の念も混ざっていた。そしていつか鈴が美琴に憑依を受けたときに視たという『校舎』も鈴にイメージが伝わり、「同じ場所で間違いありません」と言う。あとは『仏壇』の謎さえ分かればよいのだが。
なぜ生前の記憶に仏壇があったのか。
推測することは可能だった。なぜなら美琴にはどうやら親友がいたようであるからだ、それも悲惨な末路を辿った同い年の女子生徒であり鈴のように美しい子だった。
彼女らの魂の記憶にはなく美琴の記憶にある仏壇は十中八九その子のものだろう。
深堀りすべきかという点でシュリーは反対した。
「いきなりはやめときな。生まれ変わりたくない理由があるんだ、美琴が壊れたらどうする気だい、『足枷』が外れないまま周波数が墜ちていつまでも彷徨うことになるんだよ」
そもそも美琴の願いは未だ『この世界に溶けてなくなること』なのだ。この優しくも悲しい願いをもつ張本人は頭をもたげて眉を顰め、寂しげな瞳で一点を見つめていた。
「楽しくてつい忘れちゃうけど私、やっぱり自殺した浮幽霊なんだよね」
それは『いつか終わらせなくてはならない』と自覚した上での言葉である。鈴は優しく美琴の両手に触れる。
「美琴さんができなかったこと、一緒に埋めていきませんか。美琴さんが満足するまで私が一緒にいます。私にはそれしか出来ないけれど、覚悟ができるまで、支えますから」
「鈴ちゃん……」
悪魔にとっては退屈なドラマであり、天使にとっては日常の一コマ。そして生者と死者にとっては色濃く輝く一瞬の出来事。そのように視点は違えど、それでも彼らは今、確かに同じものの一部を共有していた。
彼らは一緒に生者の世界を歩んでいる。ほんの一瞬、されど濃厚な瞬間だということが生者を介して伝わってくる。
だからなのか生者ではない彼らはこの後、二度目の夏祭りも、日常の授業やテストも、下らない会話も、学園祭もすべてを素直に共に体験した。
そして秋が再び訪れる。
湿り気を帯びていた生暖かい空気は次第に乾燥し冷えていく。それが一層、修学旅行の雰囲気を沸き立たせた。
その最中、
「俺は行きたくない」
と京都行きを断固拒否する天使が一羽。
犬神吼をフランスの帰国子女だと思い込んでいるクラスメイトたちはその一言に騒然となっていた。
「どうして!? 日本の文化の代表なのに!?」
キリクは更に意味深な言葉を投下する。
「知り合いが多すぎて仕事の話しかできねえんだよ」
「どういう意味だろ」
「ほら、お父様のお仕事に関係あるのかも」
「なんか大物感があって怖くて聞けないよ」
クラスメイトたちがざわつく中、こともあろうか決して天使らしからぬ態度で部屋割りについても口出しをし始めた。
「それになんだよこの部屋割り。俺と鈴を同室にしろよ、二人で!」
この状況に悪魔三体は腹を抱えて笑いを堪え、レヴィなど悪ノリするように
「じゃあ俺も巫女と二人きりがいい」
などと冗談交じりに言う。レヴィの冗談はさておきキリクの発言を『文化の違いなのかな』としか思わない生徒たちは真面目に説得にかかった。
「あのね、それは不純異性交遊と見なされて出来ないんだよ、日本では」
様々な認識の錯誤が重なりながらも結局は予定通り別々の大部屋に別れてしまった。そのせいで少々神経質なベルフはいつもに増してどんよりと重い周波数を放っていた。周波数については悪魔にとってこれが正常なのだが、本当に嫌ならば部屋を抜け出して京都の夜空を徘徊すればよいものを他人に合わせようとするから気分が沈むのだ。ベルフの素直さを鈴や鼓、美琴も、そして天使二羽も不思議に思いながらも面白いので黙って観察していた。
生者の飛んだり沈んだりする周波数に感化されては精神修行で安定する、それを繰り返して地球の波長を全身で感じ、『全』へと共有する。『全』はそれがたまらなく嬉しい。自分が体験できない地球の感情は学びとなって変換され、『全』のエネルギーとなる。そのエネルギーはまた生者や死者、天使や悪魔のそれぞれの役目のために使われる。
繰り返し繰り返し循環していることを、生者は死後にようやく思い出す。
そして讃美歌で『全て』へ感謝を告げ、祝福を受けてまた繰り返すのだ。
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