Op.46 第5曲 レックス・トレメンデ(恐るべき御凌威の王)
低級悪魔の群れが地上に這い出てくる、高校で二度目の梅雨時期が訪れた。その真っ只中、音楽室に閉じ込められている者がいた。
上級悪魔レヴィと
あろうことかレヴィは完全に油断していたのだ。
悪魔は階級が上がるにつれ周波数が落ちていくものだが生者と何ら変わらぬ周波数の低級悪魔は時折、生者に混ざってしまうと特に学校などでは見分けがつきにくくなる。そして甘い文句で騙され体を乗っ取られた生者によって音楽の授業の後、レヴィと鼓が呼び留められて油断したのち強靭な結界の中に閉じ込められてしまったのだ。
低級悪魔の群れは上級悪魔一羽より低く重い周波数を放ち塊となる。
強靭な結界そのものはレヴィに破ることができるが、それはレヴィのコンディションが安定しているときである。
梅雨時期に入ってまだ間もなく、低級悪魔たちが『鍵付き』含む浮幽霊を食らい力を付けている間に七大悪魔三体は油断しきってエネルギー補充をしていなかったのだ。その上、生者の集団の中で紛れ込んだ低級悪魔に気付くことなくこの不意打ちの攻撃を食らって消耗した次第だ。
そのような経緯で、ドアを開けても開けても延々と外に出られない幻術系の結界に閉じ込められていた。
低級悪魔たちは一番脅威だと感じていたリヴァイアサンを狙い撃ちに出る作戦に走っているので余計に厄介である。
「上質な魂の巫女、一度食らってみたかったんだ」
「最高じゃん」
「山分けだ」
「これで俺たちも中級クラスになるんじゃないか」
「いいね、リヴァイアサンを殺して七大悪魔の座を奪うチャンスだ」
彼らの本命は
音楽室の外にいるキリクもまた絶望的な一言を発する。
「ヤベえ。魂そのものの安否が確認できねぇぞ。結界が強力すぎてレヴィも鼓も全く視えねえ」
「安否は定かではないけれど鼓の魂はまだ肉体にある」
サクの周波数は依然高く安定している。しかしシュリーは揺らいでいた。
「悪魔はともかく鼓の身に何かあったら……」
キリクが最後の生で『足枷』を付けずに寿命を全うできたのは古賀の先代のおかげである。末裔の鼓で途切れてしまうなど無念にほかならない。
だが幻術系の結界にサクの磁力攻撃は効かない。彼らの幻術は生者で言うところの脳神経に直接働きかけるものだ。
さらに
「アースさん、ベルフさん、何か手はないんですか?」
鈴が問うと、
「レヴィたんの炉心融解なら結界を壊すことなど容易いでしゅ。なのに壊せない、つまりレヴィたんは今、そのエネルギーを奪われている模様。それで終わるのなら、それまでということでしゅよ。それが悪魔のやり方でしゅ。巫女しゃんは残念でしゅがね」
アースが冷静に言う。そしてベルフも焦っている様子を見せない。
その理由は単純で、彼らが悪魔だからだ。
「魔界は弱肉強食ですからね、もとより僕には無理ですし、雷属性のアースなら外からでもひび割れくらいは入れられる可能性もありますが彼女が手助けをしないというなら説得しても無駄でしょう」
「そんな……酷くない?」
「マズいね、悪霊になっちまう」
シュリーは美琴を抱きかかえ、目いっぱいの高周波で満たした。
一方、鼓と共に閉じ込められているレヴィは力もどんどん奪われている。鼓は倒れている生徒のことも気になったが憔悴しているレヴィに一抹の不安を覚え揺らいでしまう。
――(どうしよう、黒戸くんが最後に魂を食べたのっていつなんだろ。一体どれだけエネルギーを消耗したの?)
低級悪魔の群れを前に目を閉じてレヴィの手を握ると、レヴィの意識が一瞬戻る。
「……巫女……? (なんだ? 急に体が軽く……)」
どうやら鼓からエネルギーが流れこんでいるようだ、エネルギーの流れを感じた。しかしそれは鼓には自覚がないようだ。
「黒戸くん! 良かった、いや良くないけど目え覚ましてくれて良かった」
「……せ……」
「? 何? どうしたの?」
「口を貸せ」
レヴィは突如、鼓の後頭部をもって強引に引き寄せて唇に吸い付いた。そしてその美しい魂の一部を吸い出す。
唇は離れたとほぼ同時か、再び攻撃をくらったと思い鼓が目を閉じた瞬間だった。
目の前には炎の壁で防御するレヴィの姿。その炎の壁は鼓とその横に気絶している生徒を守っていた。
「俺を舐めるな三下、このリヴァイアサンが次期魔王だ」
語彙の少ない厨二病のようなセリフを吐くレヴィは自身の唇をペロリと舐めて恍惚に震えていた。
「久しぶりの高級食材は想像以上だ、音羽鈴で霞んでたけどお前も最高だ」
「?」
少しの眩暈と体力の消耗を覚えながら状況理解に
「いつかじっくり味わってやる。今から巫女 (の魂) は俺のものだ」
三分の一も吸っていない、だがそれだけでも低級悪魔の群れを一掃し、何食わぬ顔で結界を破って音楽室から出て来る。
ガラッとドアが開いて三人がほぼ無傷で出て来た時に一番安堵して涙を浮かべたのは鈴だった。鼓に抱きつき、泣きじゃくる。
「わあああん。鼓さん、よかった。生きててくださって、本当によかった」
「泣かないで鈴。ていうかほぼ黒戸くんの力なんだけど。すごいねえ」
そう言いながらサクと目が合うと、サクはホッとした表情をしつつ鼓の魂をリーディングし、レヴィに目を移した。
しかしサクが口を開く前にレヴィは
「ちょっとエネルギーを借りただけだ、他に手がなかったからであってやましい気持ちは一切なかった」
「では私の視た記憶に相違なければ説明できるね。『今から巫女は俺のものだ』とはどういう意味だい?」
容赦なく証拠を検挙されたレヴィは口を開けたまま目を泳がせる。だが鼓の魂が安定しており少しオーラがすり減ったのみ、サク自身も手出しできなかったことを加味し、そして愛し子を見るようにレヴィに微笑みを向けた。
「鼓を救ってくれて感謝をするよ、次期魔王リヴァイアサン」
この事件はこれで事なきを得たのだが、それ以来、何かとレヴィによる鼓へのボディタッチが増えてしまったようだ。鼓の魂の味をしめてからというものチョコミントアイスには目もくれず鼓のオーラに触れながら微量に『食事』を摂りつづけていた。
「はぁ。お前に触れてるとゲンキになる」
「く、黒戸くん、ここ教室だから、みんな見てるから発情しないで」
このような光景はクラスメイトたちにとって何ら刺激にもならない。
「古賀さん、なんで今さら照れてるの?」
「そうだよ、黒戸くんたちが転入してきたとき既に知り合いだったじゃん」
「ねー。お約束のセリフまで言ってたのインパクトあったよね」
レヴィの普段の行ないが既に貞操観念を脱却していることも相まっているようだ。
「巫女さま、
礼儀正しく
何のオブラートにも包まない直球な表現にはベルフも引いており、逆に色欲のアースに至っては「レヴィたんも立派な悪魔でしゅね」と感心していた。
が、その会陰については鼓にとっては死活問題である。
鼓が巫女の道を選ぶならば貞淑性を守り抜かねばならないのだ。
「サクさまにお許しをもらえればね」
と、サクの名を借りた瞬間、悪魔三体とも静まり返った。鈴の耳を毎回キリクが塞ぐのもほぼ意味を為していない。
そんな騒ぎがひと段落した中、美琴にも変化が訪れた。
音楽室の前でシュリーの高周波に守られたことをきっかけに、どこか覚悟のようなものが自分の中に湧き出てくるのを度々感じるようになっていた。
―― (私、このまま『足枷』を外すことが出来そうな気がする。でも、でもさ、それって鈴ちゃんやみんなとお別れするってことだよね。私、どうしたらいい? サクさまなら教えて下さるかな。いや、頼るなんてダメよ、サクさまはキリクを信じて私を託したんだから。私が決めなくちゃ)
踏み出す勇気と寂しさの間に揺らぐ間に、再び夏が訪れた。
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