Op.18 捕食、失敗
結界が壊れたことは
伝わると同時、光よりも速く瞬き以上のスピードで
「鈴!」
駆けつけたはいいが、キリクはその光景に言葉を失う。
剥がされた護符、鈴の部屋。そこにいるのは鈴本人と浮幽霊の
困惑したキリクが美琴に目配せすると、美琴はポカンとした顔でフルフルと首を横に振るだけだった。彼女にも把握できていないようだ。
あまりプライバシーを侵害したくはないが仕方なしに鈴の魂から過去を読んだキリクは周波数が根底から揺らぎそうになる。
「ごめんなさいキリクさん。結界、ちょっと解かせて頂きました」
「す、鈴。一旦そいつらから離れろ」
「でもこんなに傷だらけで放置するなんて出来ません」
こんな軽はずみな行動に気を揉んでいたと思うとあまりに苛立ち
「分かってんのか!? そいつら悪魔は傷を負ったからって……」
そう怒鳴りつけるも、ベルフが慌てたように口元に人差し指を当てて遮った。
「手厚い対応に何ということをおっしゃるんですか天使さまともあろうお方が」
キリクはレヴィに視線を移す。すると彼もまた大人しく手当てを受けているではないか。
「そ、そうだ。厚意は無駄にできないだろ……」
目を泳がせながら。
悪魔は天使同様、自己治癒ができる。つまりこんなガーゼや消毒液など無用の長物なのだ。
「拒めとでも言うのかこの
キリクに向けたそのレヴィの目は本気だった。悪魔二人にとっても不可抗力だったことは明瞭であり二人の戸惑いも重々伝わってくる。
上級悪魔だからこそ、とも言うべきか、ある程度の知能とプライドがある。低級ならば考えなしに食らっていただろうが。
慈悲深い天使という立場のキリクにも『情状酌量』の文字がよぎる。
が、それも束の間のこと。
手当てを受けているレヴィはあくまで、悪魔。鈴の透明な濃い魂がまさに目の前で
「………… お前、うまそうだな」
そのセリフを言い終えるや否やキリクに羽根を掴まれ引き離された。
「痛ぁあああ! 何をする公安!」
「見るな、触るな、近づくな」
もはや隠そうともしないキリクの殺気は部屋に充満している。
普段は天使の肩をもつことなどないベルフもレヴィを援護せず手のひら返しをしてみせた。
「童話で聞き覚えあるセリフですけど女性の胸を見つめて言うと
「ずっと食糧を逃し続けてるんだから仕方ないだろ」
そんな言い合いにポカンと傍観していた鈴が一言割り込む。
「あの、よかったら、召し上がりますか?」
「「「 え 」」」
「ちょっと待っていて下さい。準備してきますので」
硬直した三体の霊的存在たちを放置し、なにやら『準備』とやらのために鈴は席を外す。
「何の準備だ」
レヴィがキリクに意図を尋ねるもキリクにも全く読めない。ただ期待できないことは確かである、と誰もが思っていた。
期待できないという期待通り鈴が準備してきたのは、大量の菓子とカフェオレ。
「要らない」
荒んだ目をしてレヴィはきっぱり断った。
「そんな。小腹が空いたときに食べるととっても満たされますよ」
「俺たちの腹を満たすのは魂だけだ」
今にも殺しかねない
「? 何を取りに行ったんだ」
「微塵も期待できませんけどね」
期待に応えるように、飼っているハリネズミの餌のミルワームをたくさん持ってきた。
うねうねと箱の中で
「何の真似だ間抜け女め! 馬鹿にするのもいい加減にしろ! 殺してやる!」
「先輩! おもてなし、おもてなしです!」
「てかテメェら人ん
暴れ散らかすレヴィを上級悪魔と中級天使の二人がかりで押さえつけるという異様な光景に美琴は溜め息をつき呆然と遠い目で眺めていた。このレヴィの怒りようにションボリする鈴。
「申し訳ありません。お役に立てなくて……」
そのあまりの しおらしさに三人は言葉を詰まらせる。
「なんだ、この波動の高い罪悪感は」
「原罪が残したパラドックスですよ」
「魔界にも罪悪感なんて言葉が存在するんだな」
―― (厨二病のようなセリフが行き交ってる。この空間だけ中学の時 廃部になった『アニメ部』さんたちみたい……)
「鈴ちゃん。私、最近鈴ちゃんが何を思ってるのか分かってきたわ」
三人を哀れむように見つめていた鈴を見て美琴はそう呟いた。
哀れまれてるとは露知らずレヴィは先ほどから気になっていたことをポロリとこぼす。
「おい
「ああ~、そうでした、結界が破れたんですよね」
勿論知っていて何も言わなかったベルフもベルフだが。二人を責める以前に対処せねばならない大問題である。キリクは上級悪魔の周波数で麻痺していた感覚にようやく気付きハッと振り返った。
「! しまっ…………」
窓には帯びただしい数の浮幽霊が張り付いていたのだ、ホラー映画のように。
低い周波数が生じていればそれに引き寄せられてくるのが浮幽霊である。上級悪魔の超低周波はそれらを呼び寄せ、尚且つ憑依体質の鈴がいる。まるで音に反応して集まるゾンビのように次々と群れをなしていた。
生者として過ごすと宣言したにも関わらず、悪魔の訪問と結界の解除、まさかの手当てとおもてなし、浮幽霊の群れ、そのようなイレギュラーな事態によってキリクは結局、天使としての仕事をこなす羽目になった。
対処しようと外に出るキリクを追うように空腹のレヴィとベルフが立ち上がり、ベルフが鈴と美琴の周りに氷の膜を張って保護をした。
「俺たちが加勢してやる、公安」
「粗末ですが空腹なのでね、おすそ分けをいただきたいんですよ」
筋も通らないような言い分を好き勝手に並べる悪魔たちをキリクは突っぱねる。
「調子に乗んな悪魔ども。俺のテリトリーだ」
「グルメな俺たちが薄汚い『鍵付き』を食らってやると言ってるんだ」
「それでも駄目だ、ビル火災で魂の数の均衡が崩れてんだよ」
「サタンさまに言いつけましょうかね。一羽の天使が契約を無視する、と」
魂をエサに生きる彼ら悪魔には、少量でも死者の魂が必要なのだ。そのため天とサタンとの契約で『鍵付き』の捕食を許している。もちろん『鍵付き』に限るが、上級悪魔がそれを無視して生者を殺しているのも事実だ。
それすらも天は赦している。何故ならば天は魔界の者たちすらも愛しているからだ。
『最大多数の最大幸福』にも等しい、ゾッとするような慈悲深き愛そのものが天である。
キリクは鈴が『鍵付き』の錠を外した瞬間に慈愛を感じていたことを知っている。鈴が『鍵付き』を対等に見ていることも。
「…………食ってる姿を鈴に見せんな」
それを条件に許可を出した。
「どれほど大事なんだ、あの間抜けの魂が」
「魂だけの問題じゃねえんだよ」
「そんなに汚したくないのですか」
「当たり前だ」
レヴィとベルフは顔を見合わせ、アメリカンチックに肩をすくめた。
「そこに高級食材があるってのに俺たちも焼きが回ったか」
「大量のジャンクで腹を満たす、ってことで今夜は凌ぐほかありませんね」
南極の氷点下より遥かに低い液体窒素並みの超低温で霊体を凍てつかせ、地獄の業火のような最高温の青の炎で昇華させて圧縮をかける。二人はハイタッチして山分けし、口に放り込んだ。
「う…… 胃もたれしそうだ」
「同じく」
一般浮幽霊はキリクが虹の橋を出して渡らせる。そして『鍵付き』霊は『首輪』と『足枷』に分けて檻に入れ、そのまま天界へ送り出した。
事態を収拾させて開口一番、
「さあ公安。今すぐ結界を張り直せ」
レヴィが偉そうにキリクに指図をしながらベルフの作った氷の膜を昇華させていた。
「指図すんな。言われなくてもやるよ」
キリクが護符を作り出し、「オンアミリタテイゼイカラウン」と真言をブツブツと唱えてエネルギーを込める。
「……」
「……」
キリクがふと悪魔二人に目をやると、何が起きるのか興味津々でじっと眺めて待っていた。その姿にキリクは胡乱な目つきで二人を見下ろしたが当の悪魔たちは
「どうした、早く結界を張れよ」
「不都合でもあるんでしょうか?」
結界を張らんとする空間の『中』に、上級悪魔二体。
キリクはせっかくの真言を込めた護符をグシャっと握りつぶしそうになる。
「いや、……出てけよお前ら」
悪魔は無事に追い出された。
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