Op.39 子供の霊

 秋の風が古賀こがつづみの一族の神社に吹き抜ける。空は淡く遠くへと透き通っていた。


 神社には近所の子供がよく遊びに来る。なぜかは分からないが他の神社に比べここでは子供がよく遊ぶのだという。

 その子らを、鳥居の外から羨ましそうに見つめる子供の浮幽霊がいた。サクはその子にゆっくりと近づき手を差し伸べる。

「あの子らと遊んだら、還れるね?」

 子供の霊はコクリと頷き、サクの手を取る。サクはフワリとその子を抱きかかえ、結界をくぐって生者の姿を与えた。生者として子供たちの目に映るようになったその子は思う存分みんなと遊び、そして夕暮れ時、サクに連れられ天へした。


「サクさまは子供をお好きなんですね」

 一連の様子を見ていた音羽おとわすずがそう言うと、鼓も今初めて気付いたように「言われてみればそうね」という。『足枷』付きのかのう美琴みことも以前に浴衣を着せてもらった点や生前の自分を覚えてもらえている点で同じように感じていた。

 鼓は「小さい頃からサクさまは甘々なぐらい私のことを褒めてくれるから気付かなかったわ」とウットリ心酔している。


『子供を好き』という言葉にわずかな憂いが差したキリクの金眼は遠い風景を見るような動きで天の道を辿った。


「そうだな。あいつは狂ったように子供を愛してるよ。……俺はもうとっくに風になれたってのに」


 それはまるで生者の名残だとでも言いたげな様子だった。


 鈴だけは思い当たる節がある。サクが自分に憑依したときにキリクへの想いの一部を共有したからだ。そのとき感じたのは普段キリクに対してサクの取る態度の中に秘めた底知れぬ執着だった。執着と言っても生者のそれとは一線を画していたが対するサクのそれはただただ救いと感謝、そして情けだ。

 キリクの『足枷』を幾度にもわたって外し続けたという行為が普通ではないことは『鍵』を見つける手伝いをした鈴には充分すぎるほど理解が出来る。キリクがそれほどまで幾世にも渡って自殺を図ったことも意外ではあったが、サクの執着も異常だった。それは何度も何度も子の過ちを赦しては正そうと根気よく向き合う親のようなそれに思えてならないのだ。

 鈴が感じたのはそれぐらいに過ぎない。詳細までは分からなかったが二人が何かしらの縁で繋がっているということだけは確かだ。それだけは何故だかキリクと周波数を合わせてもビジョンを読み取ることができない。


 キリクが最後の生で寿命を全うできた裏には言葉通り親の欲目があったのだ。そのようなことを知ってしまってもサクに対しては素直になれないので黙っているのでもどかしい部分はある。

「余計に調子狂う……」

 独り言ではあったが隣で聞いていた鈴はなんだか胸の奥がムズムズとして思わず笑ってしまった。


 鈴を家まで送ると言い、キリクも生者の姿になる。鈴の手を握る姿は今や学校でも珍しくはなくなり日常風景と化していた。

 二人が神社をあとにした直後、鼓と美琴の前にサクが静かに降り立つ。


「おかえりなさいませサクさま。鈴はさきほど帰りました」

 霊体に触れることのできる鈴とは違い鼓は天使に触れることは出来ない。そのため これでもかと言わんばかりに今しがたの二人のイメージを言霊に込めていた、『生者の姿で、手を繋いでいたのです』と。


 だがサクは平然と

「ああ、もちろん上から見えたよ。キリクもマメだねえ」

 そうあしらう。鼓の言わんとすることは充分すぎるほど届いていた。

 面倒で無視をしているのではない。

 取るに足らぬ感情だとも思っていない。

 このような鼓の一喜一憂すら可愛くてならないだけである。

「鼓よ、言霊の使い方は間違っているけれど使う能力はとても上達したね。お利口さんだなあ」

 ただ飄々ひょうひょうと笑うだけであり、そして鼓の膨れっ面をも楽しむ。鼓のための厳しさ半分、いじわる半分、そのような塩梅でサクなりに甘やかしているのだ。このセリフにしろ鼓への態度にしろ、先ほどのキリクの言葉を傍で聞いていて少しだけ察しがついていたからか美琴にはそれら全てが本当に親心による言葉であるように聞こえた。


 神主であり鼓の祖父であるひびきが社務所に施錠をしていたので美琴はそれとなく尋ねてみた。

「あのぅ。サクさまはもしや手のかかる子供がいらしたのですか?」


 その問いかけに響は豪快に笑った。

「ははは! そうとも、いつも傍にいられて最近は楽しそうでいらっしゃるよ!」


「ま、…………まさかやっぱり……」

「仲が良いからと言っての前では言っては駄目だよ、喧嘩になってしまうからねえ」

 その事実に衝撃を受けて口をパクパクと動かす美琴に響は少しだけ物憂げな眼差しで付け足した。

「私の祖父がここの先代だった。生前のキリクさまを助けたというんだ」

 美琴はその奇妙な縁になぜだか胸打たれるような気持ちになり、普段の皮肉など微塵も出さずに黙って耳を傾けた。

「詳細までは分からないがね。祖父の前に突然、四枚の羽根をもつ美しい神の使いが現れたと記録がある」



 ――『吾子あこを導いたことは恐悦至極です。私に出来なかったことをやってのけた其方そなたへの感謝のしるしにこの天の使いであるसःサクの名のもと末代までの加護を約束いたします』



「戦争でもここだけは焼けることなく残り、未だ無限に天の氣が常に降りてくる。私もまた祖父に感謝したものだ。そんな祖父が亡くなり私が後継者となったものの、若さゆえ左右も分からぬ状態だった。そんなときにさえサクさまは私を導いて下さった。もちろん厳しい時もおありだったがね。慈愛とは何かを根気よく教えて下さった、本当に目いっぱい可愛がって下さったよ。未だに私のことですら子供扱いすることだってあるんだ。サクさまにとっては、どの子も『神の子』であるんだよ、キリクさまだけならず、きみも、私も、鼓も、鈴さんもね」


『吾子』、キリクがいつもサクを煙たがって突っぱねているのはそういう理由もあったのかと合点がいく。

 清く心地よい空気のおかげだろうか、或いはサクの波長の影響だろうか。自分もまた子供じみたキリクをかわいいと感じてしまい、目の前の老人と同じように笑いが込み上げてしまった。

「本当に本人には言えないですね」

 実際は生前どのような性格だったのだろう、そんなことを思うとワクワクするような気持ちになる。


 この二人の始まりが今の姿とはほど遠い罪深き『鍵付き』だったことは、


 誰も知らない。




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