Op.3 少女の死者
逃げた少女の死者をおびき寄せるために
それを条件に交渉成立した。
自殺者の霊には足枷、
犯罪者の霊には首輪がつく。
彼らを『鍵付き』と呼んだ。
一般の浮幽霊にはそのような錠はついていない。とは言え、もとより浮幽霊は未練があるものだ。その未練など本来は個人の中だけの問題である。いわゆる『成仏』ができないのは魂が縛られているからであるが縛っているのは天でも地でも魔界でもなく自分自身の生前の記憶である。
彼らは下級天使により回収されたのち、『中間生』に辿り着く。神や天使により教育を受ける機関だ。そこで執着を手放す訓練……天界では『更生』と呼ぶ何かをしてリセットをかける。
またブラックリストの霊の回収についてはキリクなど中級天使が介入することが多い。
一方、鍵付きの魂たちは檻に入れられ別の機関に留置される。
彼らの錠を外す鍵は、
彼らの死因、或いは未練のある場所に隠されている。
鍵付きたちはその部分の記憶だけが抜け落ちている。
自分が死んだ瞬間、
死んだ理由、
死んだ方法。
死にまつわるすべてが抜け落ちている。
そのような状態で、ジャラジャラと鎖を下げて彷徨っているというわけである。
彼らは一様に『罪』の意識に漠然と苦しむ『罰』を受けている。
自分が選んで決めてこの世に生を授かり魂の修行をできるという、天の愛に溢れた生を投げ出した、自分自身を咎めているのだ。
己の『罪』に気付いた者だけが中間生へと
キリクなどの中級天使の仕事はブラックリストたちの捕獲の他、その『鍵』を見つけ、『錠』を外して導くことだという。
苦しみの中にいる罪人をも救わんと天が与える『情け』がこの中級天使の仕事である。
一連の説明をキリクから受けた音羽鈴は驚くべき提案をしてきた。
「憑依を許してもよいと思うのです」
「話を聞いてたか? 奴らは罪人だ、そこらの浮幽霊とはわけが違う」
「でもあの子は自殺だったのですよね。とても悲しい感情でした」
――(確かに最初はこの女に憑依させれば鍵の在り処が簡単に分かって効率は上がるとは思ったけど、それはこの女のオーラが一般人並みに回復してからの話だ。第一のエーテル層さえ弱ってるこの状態であまり憑依させすぎると、……最悪、乗っ取られて追い出され、この世に戻れなくなる可能性もある)
黙り込んで思考するキリクの眉間に、鈴はそっと人差し指を添えた。
「!?」
「その輝く前髪に隠れていても、表情は分かるものですね。眉間にしわを寄せすぎると幸福が逃げますよ。釈迦に説法でしょうか?」
繊細な黒い瞳を細めて柔和な笑顔で首を
ポカンと口を開けるキリクに鈴は声を上げて笑う。
「ふふ、ほら。とても表情が豊か。天使さんに見えないですね」
キリクが驚いていたのは、
「俺に触れたのか、今」
鈴の行動よりもその特異体質だ。
「? 勿論触れましたね」
「肉体をもつ生者がこの姿の俺に触れることはできないはずだ」
「(また厨二病が発動したのかな…) とりあえず憑依を受けましょう、ね?」
未だに彼を『天使』だと思えない鈴は少しだけひどい言葉を浮かべてしまった。一方成績優秀(自称)の天使は弱々しい女子高生に流され、あれよという間に憑依を許してしまう。
実際これは『悪魔』の領域である。
しかし事を急いているキリクはスコープで鍵付き少女の位置を突き止め、瞬時に飛んだ。驚いて逃げそびれたその少女を病院へのルートにジワジワと追い込んだのち、病院に先回りして、入眠したフリをする鈴を他の浮幽霊から見守りながら気配を絶って鍵付き少女が自らの意思で再び鈴の病室へ訪れるのを待った。
すると目論み通りに現れてくれ、
「もう一度借りるわ、ホントにごめんね」
キョロキョロと見渡して鈴に憑依した。
「本当に学習しねえなお前」
「!? きゃ! レディの寝室に忍び込んで待ち伏せするなんて最低よ!」
少女の霊は気配を絶っていたキリクに驚いたが、キリクはいきなり喋り始めた鈴に驚いた。もちろん中身は鍵付き少女だ。
「!? いきなり喋るパターンかよ! 音羽鈴じゃないよな、お前だよな??」
「そうよ?」
「憑依された奴ってふつう気絶して別人格になるんだけど」
「だってこの子、意識がハッキリしてるんだもの。記憶もあるしさ。起きてたのね、騙されちゃった。そして あ~ら不思議! この憑依状態のまま鈴ちゃんの意思にバトンタッチすることもできるのよ!」
「そ、その上品な顔でドヤ顔すんなよ」
「なんですって!」
「いくら外見じゃなく魂を視る俺でも見てはならないものを見てる気分になる」
「じゃあ憑依やめる? この子の中に入って大体のことを把握したわ、私に話があるみたいだけど、どうしようかしらね~」
「いや、…… 続けてくれ地縛霊」
「地縛霊じゃなくて名前ぐらいあるわよ、生前のだけど」
彼女は自身のことを『
自分から『生前』の話題を出した瞬間の美琴の表情は、孤独とも絶望とも言えぬものだった。
「…… 生まれ変わってまた繰り返すかもしれないなら、悪魔に食べられて消えるほうがマシなのよ」
「そう言うと思ったぜ。俺がいつ『生まれ変わる』だけなんて言った。天には『自由意思』の猶予をくれるシステムがある」
「自由意思?」
「最近は『記憶残して転生してチート能力を発動したい』とかほざく奴もいるぐらいなのに」
「そんなことできるの?」
「できるわけねえだろ。そんな都合のいいシステムはゲームの中だけだ。選択は二つ」
キリクはガラ悪く裏ピースを見せる。
更にガラ悪く、「一つ」そのセリフと共に立てた人差し指が、裏を向いている。
「知っての通り『中間生』で研修を受けて次の生で学びを得ること、ようは輪廻転生だな」
「……」
「二つ」
やはり裏ピースにこだわる。『私にドヤ顔を許さないのに自分のことは棚に上げるなんて』というセリフを美琴は必死で呑み込んだ。
「この世界に溶けて『全』になること」
「全……?」
「言葉通り、『全て』だ。空にも、山にも。海にも風にも、花にもなれる。大切な人にもなれる、だが自殺の原因となったそれにもなる。散り散りになってこの世界に溶けるんだ」
「そんなの、初めて聞いたわ」
「だいたいの奴が転生とやらを望むからデフォルトなだけだ。他にも可能性さえ制限しなければ何だってできる。本当は肉体があるこの世界でも魂のレベルで考えれば同じなんだが」
「どうすればなれるの?」
「…… お前は『全』を望むんだよな。変わった奴だ」
「もう生まれ変わりたくないの」
「それには絶対に鍵が必要だ、まず思い出せ、自分の、『罪』を」
やはりどうあっても罪と向き合わねばならないようだ。美琴の意識を通じて鈴は今、まさに大きな絶望感を覚えていた。
霊に取り憑かれるというのはまさにこのようなことを言うのだろう。
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