Op.4 終戦直後の霊の罪

 結局、足枷付きの少女 かのう美琴みことの鍵の場所は強いフィルターがかかったように不明なままだった。自殺の場所、方法、理由すらも分からない。

 何もかもを忘れて『なかったこと』にしたかったように。


 これが多くの『鍵付き』の現状である。

 ほとんどの鍵付き霊は漠然と罪の意識にさいなまれながら浮幽しているのだ。


「期待はしてなかったけどな」


 腕組して遠い目で窓の外を見つめる中級天使キリクに美琴は目を尖らせ、音羽おとわすずの体から離脱しながら悪態をつく。

「あれだけグイグイ来てたくせに! 『当てが外れた』と言いなさいよ」

「俺の中にミスなんて言葉はない」

「どんだけプライド高いの」


 一方、鈴は浮かない顔をしていた。

 キリクはただ憑依で疲労しただけなのだと思い、「悪かったな、疲れたろ」と声をかけるが、鈴は「いいえ」と物憂ものうげに目を伏せて儚く笑った。

 美琴がキリクを睨んで「天使のくせに鈍感なんだから」と呟く。

「? なんだよ、音羽鈴の心境に何があったんだ」


 憑依中の記憶があるという特異体質のおかげで鈴は憑依した霊と記憶や思いを共有できる。だからこそキリクは美琴にそう尋ねたのだが、そこまで分かっていながらそのような質問が出来るキリクに対して美琴は心底呆れかえっていた。


「鈴ちゃんが言いよどんでるから詳細は言わないけどね、憑依これを繰り返してたらあんたもそのうち分かるわよ。それでも気付かなかったら馬鹿以外の何者でもないわ」


「?」



 キリクが鈴の想いに気付かぬまま事は進んでいく。

 鍵の在り処は分からなかったにせよ美琴は『鍵を探す努力をする』という約束で檻入りを免れた。天から許可が出たようだ。


 鈴が他の浮幽霊に憑依されないよう、キリクが離れている間は美琴が憑依しておくという条件付きである。


「助かるぜ、完全に信用はしてないがこっちも他の案件抱えてんだ」


 ただオーラを回復させるだけでいいと軽く考えていたキリクはじきに思い知る。鈴が悲しそうな顔をしていたこと、美琴がキリクに『鈍感』だと言った意味を。



 ---


 鈴は無事に退院できたものの本調子ではないのだと家族が心配し、自宅療養しながら通院による検査やリハビリをすることとなった。


 高校一年、入学式の日。

 彼女は事故に遭い、治療は成功したが一年近く昏睡状態にあった。


 もうすぐ春の新学期が来る。十七であるが高校一年からスタートするのだ。そんな浮き立った気分が少しずつ鈴のオーラを回復させていく。


「ねえ鈴ちゃん、高校に行きたい理由、お勉強以外にもあるんでしょう」


 公園のベンチで美琴がニンマリと語り掛ける。

「や、やめてください」と小声では言うものの、顔が赤い。


「あの爽やかな先輩のために~頑張って難関高を受けるなんて~健気だわ~」

 オペラ調ではしゃぐ美琴。居ても立っても居られない鈴は立つ瀬もなく両手で顔を覆って耐えた。するとギュッと目を閉じていても分かる、指の隙間から差し込む神々しい光が近づいて来て、こう言うのだ。


「あの~、音羽鈴、さん。コイツの情報とか、見れませんか」


 その声に鈴がふと顔を上げると、そこにいたのはキリクに加え、『首輪付き』の霊だった。まるで戦時中か戦後のような服装の二十代ほどの男性だ。とても痩せこけている。


「都合よく鈴ちゃんを使うんじゃないわよ!」


 突っかかる美琴をよそに、鈴は周囲を気にしながら小声で「場所を移しましょう」と提案し、自室へ移動した。

「姉は今大学の春休みでアルバイトですし、両親も仕事に出ていますから」

 誰も居ない家のほうが会話に都合がよいのだ。そして鈴はその首輪付きの霊を見てキリクに尋ねた。


「ひとつ疑問なんですがキリクさん、あなたは私の魂を視て『事故』をご存じでした。魂を視れば過去まで分かる、とおっしゃってたのですが……」


「悪い。それな、生者だけなんだよ。肉体を離れると過去については結局『中間生』で大天使に任せることになるから、丸腰の魂はむしろ錠をしている以外のことは俺たちにも分からなくなる。まず剥き出しの魂がこの地球をウロついてる時点で波長が合わなくて全然読めねぇんだ」

「使えないわね」

「んだと檻にぶち込むぞ」

「やだわ、ねえ聞いた? まるで悪魔のようだわ」

 美琴は舌を出して鈴の後ろに隠れる。鈴は困ったように笑いながらも承諾した。

「では、少しの間だけでしたら……」

「コイツが鈴ちゃんの体を乗っ取ったら私が追し出してあげる」

「おぅ、頼んだぞ (浮幽霊を飼いならすのも便利だな)」


「お邪魔します」と謙虚に断りを入れた霊は、鈴に溶け込んでいった。



「ぼ、僕はつい最近まで認知症で介護施設に……」



「一旦黙れ」


「なに邪魔してんのよ」

 美琴の悪態を遮るようにキリクは片手で目を覆い天を見上げた。


「ちょっとこの状況を受け入れようと努力しているところだ。ああ神よ……」


「馬鹿なの?」

「いきなり喋り始めるのさえまだ慣れねえのに中身が男だと余計にキャパオーバーなんだよ」

「鈴ちゃんがリスク冒して頑張ってるのに勝手なこと言わないで。オーラだってすり減るのに」

「わ、分かってるよ。それについては対策がある、今度それを試すから」


 その首輪付きの男性霊によると名はひじり 弦太げんた、生前の罪状は窃盗罪だったという。窃盗という事実はわかるのだが何をどう窃盗したのか、その前後について記憶は完全にない。


 困ったことに服装や年代は終戦直後のものであるが戦死でもなく『最近まで認知症で施設にいた』という。


 死因は老衰、或いは病死で間違いない。それについては本人の記憶がなくとも誰もが推測できた。

「罪にまつわる時の姿で鍵付き霊になることは珍しくないからな。ただ……年季がなあ……」


「終戦直後、子供ができました。ですが命を張って国に貢献したあとに与えられたのは、敗北のレッテル。戦争で土地も痩せてしまっていて食べ物も満足には…… 子供はまだ離乳していないのに妻は乳も出ず、他の民家に無心に行く始末でした。僕はそんな妻子を見ているのがつらかった」


 一通り鈴に情報を共有したのち、一度、鈴から離脱した。

 鈴は言う。


「奥さまもご子息も生きていらっしゃるのですね」

「もちろんです」


 その会話にキリクは身を乗り出して「今すぐ案内しろ」と偉そうに命令した。

 そんなキリクの羽根を美琴はギリギリと引っ張る。

「痛てぇんだよ何すんだ!」

「なんでそう自分勝手なのよ!」


 鈴が視たのは、『当時の家の状態』『生活の苦しみ』『酷い罪悪感』『死にゆく隣人たち』『駐車場のような砂利の土地』、そのような光景だった。

 気取られぬよう声を殺して震える鈴を誰より心配していたのは、弦太だけ。


「ごめんなさい」

 懺悔するようにそう語り掛ける弦太に、鈴は笑顔で「大丈夫ですよ」と返す。そのやり取りの理由をまだキリクは見落としているままだ。


 そして皆で弦太の自宅におもむいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る