Op.9 上級悪魔 vs 中級天使

 悪魔に行く手を阻まれた音羽おとわすず

 いかにかのう美琴みことがこの弱い体に憑依しているとは言え、所詮は美琴も浮幽霊。悪魔相手では到底太刀打ちなどできない。


 とりわけ彼らは七大悪魔と呼ばれる者たちである。


 ツンツンと跳ねた黒髪に枝珊瑚の角、つり目で三白眼のほうは

『レヴィ』。

 正式名をレヴィアタン或いはリヴァイアサンと言う。嫉妬エンヴィの悪魔であり属性は炎。


 一方ユルフワの茶髪に羊の巻き角、垂れ目でメガネの彼は

『ベルフ』。

 正式名をベルフェゴールと称する怠惰スロウスの悪魔であり、氷を司っている。


 彼らは七種の悪魔の中でもタッグで狩りをしている。七大悪魔の二人が組んでいるということはすなわち狙われた獲物は確実に彼らの胃袋に収まることを意味する。


 中級天使キリクや大天使の『スコープ』では悪魔の気配を感じる程度であり場所まで特定が出来ない。天使のスコープにかからぬほど、地球の魂よりも遥かに低く重い魔界の周波数を放つからだ。つまり上級であるほど悪魔は周波数を捉えにくい。

 下級であれば鍵付きの死者や犯罪を犯した生者などと変わらぬ程度にスコープで点在を把握できるのだが。それが上級悪魔が野放しになっている所以ゆえんである。


 あれほど『食われて消えてしまいたい』という欲求から遭遇を願っていたにもかかわらず、その悪魔がいざ目の前に現れると美琴は魂が恐怖に支配され始めた。


「その体から出ていけ『鍵付き』。極上ディナーをお前の罪で汚すな」

 レヴィに鋭い眼光で睨まれただけで、借りている鈴の体を勝手にひざまずかせてしまいそうになる。それでも鈴の体から出ていかずに粘っていられたのは なけなしの理性が鈴の体を守ろうとしていたからだ。


 体がすくんで動けないまま立ち尽くしているとレヴィは鈴の中の二つの魂を三白眼でまっすぐに捉えたまま自身の腰の位置で片方の手のひらを上に向けた。

 すると手のひらの上に青い炎が現れる。

 それは次第に大きくなって東洋の龍のような形を成した。西洋の竜ではないのは本人のこだわりであり『東洋の龍のほうがなんか強そうでカッコいいから』という。

 その龍はレヴィの意思を即反映して鈴目掛けて蛇行しながら襲ってくる。


 美琴は逃げられないことを知りながらも決して鈴の中から出ようとはせず、咄嗟にギュッと目を閉じた。その瞬間、


 金色のまばゆい光が降ってきたと同時に突風が火炎竜を散らし、鈴の体が浮遊する感覚を覚えた。


 ゆっくり目を開けると目の前にあったのは長くうねる金の前髪をヘアピンで留め、真っ直ぐに悪魔たちを睨む虎のような金眼。

 キリクが鈴の体を抱え、離れた位置に瞬間移動したようだ。


「上出来だ、『鍵付き』」

「お、遅いわよ……死ぬところだったんだから」

「もう死んでんじゃねぇか、死にたがりのくせに」

「こんな形で魂ごと消滅するのはイヤって思っただけよ」

 涙声の美琴はいつもの会話で一気に緊張がゆるみ、スッと鈴の体から抜け出た。


「チッ。鬱陶しい天使公安め」

 レヴィは舌打ちすれどその態度にはどことなく余裕が見える。怪訝けげんに感じたキリクだったが気付くのが一瞬遅かった。

 背後に重々しい周波数を感じた時には既に、死神の鎌のような氷柱つららの刃で首を固定されていた。


「先輩と二人で組むメリットってこういうところにあるんですよねえ。単純な方法で追いやってくれるから相手が何処へ逃げるのか二手先を容易に読める」


 とても優しい口調でキリクの首にパキパキと響く氷の鎌を掛けている、そのメガネ越しの茶色い瞳は氷のように煌めいていた。

 ベルフのその瞳と同じように刃先も冷たく鋭利に尖っており、少しでも動けば首が飛ぶ。切られて死ぬというよりはこの重く低い周波数で切断されればどれほどの大天使でもしばらくは動けなくなるため彼らのエネルギー源にされる末路が待っている。


「………… ハイエナどもが」

 ギリっと歯を食い縛るキリクに鈴はガタガタと体を振るわせギュッとしがみついた。自分が圧倒的にキリクの邪魔になっていることを知りつつ、怖くて動けないのだ。


 レヴィは「最上級の食材が二体。今夜は宴だな」と再び青い炎を出す。そして鈴を抱えるキリク目掛けて再び火炎龍を放った。



 と、同時。キリクたちは鈴の部屋に降り立った。


「!? ええ!? チートすぎない!?」

 声を上げる美琴をよそにキリクは窓の外を睨んだ。

「結界内にいればおそらく安全だ、あいつらのほうが俺の結界より格下だからな」

 若干の自己主張はともかく、鈴は先ほどの出来事で感じたありのままをキリクに訪ねる。

「さっきの黒い羽根の人たちが、前にキリクさんが言ってた……」

「ああ、悪魔だ。それも上級のな。想定してたことだがよりにもよって本当にお前を狙うとは」


 鈴はただ、ようやく慣れた学校の帰りに少しだけ浮き立った気分で街に出ただけのはずだ。それがこのように命を狙われることになろうとは思いもよらなかった。これからもこのようなことがあるのかと不安から制服のすそを握りしめる。


「……美琴さんが憑依してくれても狙ってきました」


「もともと『鍵付き』だろうがゲテモノだろうが関係なく食らう奴らだ。ムカつくことに上級悪魔はグルメだから罪人なんか滅多に食わなねぇけどな」


「え! なに!? じゃあ私、はなから B 級グルメ扱いされてたの!?」


「そーだよ、ってかグルメですらねぇの。懇願すりゃ渋々食ってくれるだろうが、胃袋に収まってもせいぜい下級悪魔がいいところだ。上級悪魔に食われりゃ『無』に帰すことは可能だけど下級悪魔に吸収されたらそのまま下級悪魔の一部として結局は生き永らえる羽目になるんだぜ。身の程知らずだとずっと思ってたんだよな」


「それ! 早く言いなさいよ!」

「お前にとって最善の選択をするほうがいいだろ、それが俺らの仕事だ」


『仕事』、その言葉で鈴は思い出す。

「あ! キリクさんごめんなさい。お仕事を放ってまで……」

「死者はある程度捕獲したからあとは大天使に丸投げしたよ、俺も無駄な仕事はしたくねぇし」

「(ホワイトなのかブラックなのか…天界はフレックスなのかしら) でも、助けて下さってありがとうございました」



 極上ディナーを取り逃がしたレヴィは、持っていたオペラグラスを叩き割る。

「一般の生者に中級の公安が付くなんて普通あるのか!? 知っていたらとっくに火災ビルのほうを選んでたさ!」


 あの体勢からでも瞬間移動できることまで計算に入れていなかったベルフも髪を掻き上げ深く溜め息をついた。

「はぁ……まさに二兎追う者一兎も得ず、ですね」


「おいベルフ。お前の鎌でも動きを封じられなかったのか? 首に掛けた時点で魂から凍りつくはずだろ」


「普通は、ですよ。出来ないケースだってあります。認めるのはしゃくですがあの中級は特殊なようですね、瞬間移動の能力もまた気色の悪い大いなる『風』の祝福を感じました」


「! ………厄介だな」

「少なくとも僕よりは格が上であった、ということでしょう」

「俺たち七大上級悪魔より上の中級天使なんかそうそう居てたまるか、ましてや一般生者を保護するなんて有り得ない」

「そこですね。祝福を受けた能力と言い、二枚羽根にしてはまるで六枚羽根の大天使にも等しかったと思われます」

「最近この辺りの浮遊霊が増えたのと関係があるのか?」


「ふむ……観察してみましょうか。服装から推測するに彼女はこの近辺の学生です。張っていれば会えるでしょう。不幸中の幸いかあの天使が付いているので魂が他の浮幽霊と混ざることもないはず。不思議なのは『足枷付き』が憑依しているのに魂に一点の濁りも見られなかったことぐらいですかね。つまり彼女の魂が『鍵付き』の憑依をとしか考えられません。高尚な僧侶のように」


「はは。まさかあいつ、あの高級食材に『鍵付き』の成仏でも手伝わせているんじゃないのか、仕事の効率と昇給なんかを目指して」


「それは とんだサイコですね」

 悪魔でも引いてしまう『それ』を実際にやっているのがキリクである。そのようなことは露知らずまた高級食材である鈴を狙おうと張っておくために、レヴィはベルフにひとつ提案をした。


「そういえば俺のオペラグラスが壊れたからお前のそれを俺に譲れ」


「勝手に壊れたのではなく先輩が壊したんでしょう (ここにもサイコが一人……)」


 二人はタッグを組んでいるというより、単にレヴィがベルフを後輩だからという理由で連れ回しているだけだった。


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