第二楽章:ソナタ
Op.8 グルメな悪魔
新年度が始まった直後のことである。
街の中心ともなっているビルで大火災が発生した。
明々と賑やかに灯った街明かりの中、星も見えないような春の夜空をライトアップするかのように燃え盛る。華麗なるキャンプファイアーを遠くの廃ビルの屋上からオペラグラスで眺める、黒ずくめの青年二人。
「あ〜、どうします? 先輩。僕が一気に凍らせましょうか?」
「俺一人で充分だ。胃もたれしそうなときは呼んでやる」
「僕にあなたの残飯を食べろと!?」
黒ずくめと言ってもサブカル系ともビジュアル系とも表現のつかぬ独特な彼ら。二人の背中にはコウモリのような羽根がある。
『先輩』と呼ばれたほうのツンツンと跳ねた黒髪の両サイドからは、後方に流れる竜神のような枝珊瑚の角。つり目の真っ黒な三白眼はひたすら炎の中に湧き出てくる死者を捉えていた。
おそらく後輩だろうもう一人は逆に垂れ目がちの茶色い瞳にメガネをかけているがユルフワな茶髪からは羊の巻き角が目立っている。その茶髪のほうがオペラグラスを下ろし、先輩を案じた (フリをした) 面持ちで尋ねようとした。
「炎属性のあなたがあの炎の中に入るのは……」
「ハ。余裕だね。俺の炎の温度を舐めるな」
黒いほうはヤンキー座りで即答した。
「(うわあいつもの悪いクセ、今出しますか) 期待してます」
「世辞はいいから晩餐の準備でもしていろ」
そう吐き捨て、三白眼の彼は火災ビルへ向かって飛び立った。
彼らは『悪魔』と呼ばれる存在であり、死者の魂を食らってエネルギーにする。つまり天使の仕事を邪魔する存在たちである。
自殺霊であり鎖を垂らした『足枷付き』の
しかし今はキリクの説得によりこの世界の『全て』に散り散りに溶ける選択もあるのだと知り、錠を外すことを決意して共に行動している。
新学期を迎えてしばらく経った時期のこの火災。
鈴が学校帰りにその現場近くを通ってしまったものの、中級天使キリクは一斉招集を受け鈴から離れることになった。すでに金色に輝きを放つ六枚羽根の大天使たちまで召喚されており、火災現場は一層神々しく映えている。
「お前ら早く家の結界内に非難しろ! もちろん
キリクが呼びかけると美琴は強気に笑った。
「使えるようになってきたじゃない自称エリート天使さん」
「行ってる場合じゃねえんだよ、早くここから離れろ!」
そう言い残して飛び立った。
霊視・憑依体質となってしまった鈴には浮幽霊が寄ってきやすい。
「ごめんね、鈴ちゃんを守るためなの。消耗するだろうし心もつらくなるでしょう。鈴ちゃんがつらくならないように私、楽しいことを考えるね!」
「ありがとうございます、美琴さんがいて心強いです」
首を傾けるとサラリとしたロングヘアーが胸元にかかる。淡い空に揺れる桜のように微笑む鈴の体に美琴が重なり、スッと溶けていった。雰囲気がガラリと変わり、強い眼差しで鈴の自宅の方向を見据え足早にその場を離れていく。
「うーん、すでに
と、遠くから覗いていた茶髪の彼がオペラグラスを下ろしかけた瞬間、メガネ越しの目をピクリと
「……? 先輩の動きが、止まった?」
オペラグラスでその先輩悪魔の目線の先を辿る。そしてその先にいた獲物に彼もまた茶色の瞳を
「おお、これは珍しい……」
天使の巣窟・低級霊の泉というリスキーな場所など見限った先輩悪魔は『
「先輩も現金なひとですね。あの生者は……シャーマン、……とは違うようだ。霊力もない。……ただの体質でしょうか、それにしては魂が濁っている部分と非常に美しい部分に二極されている」
先輩悪魔の動きを観察していた後輩悪魔も率先して合流した。
「ひとつの体に魂が二つ、ですか。しかも『鍵付き』。手こずりますけど?」
「あんな下級霊、すぐに追い出してやる。だが憑依されてる側の意識がハッキリしているのはどういう仕組みだ」
彼らは天使よりも明確に生者の魂が視える。生きた状態から吸い出して食らうためである。魂の点在を把握できる上級天使の『スコープ』とは性質の異なり、血管を見ることが出来る蚊のような『スコープ』能力を持っている。
「鍵付きは不味そうだから必ず追い出せ。狙いはあいつだけだ」
「ですね。肉体をかろうじて覆っている第一のエーテル層しかオーラを持たぬ状態でも生きている、なぜでしょうか。それも魂は一般生者に比べて不純物のない状態、加えて、濃厚」
「こんな最高級食材が今まで何事もなく生きていたのか?」
「…………ズルいですよ先輩、山分けお願いします」
「お前の仕事次第だ」
「は~。………………悪魔 (ボソッ)」
「聞こえたぞ」
「何も言ってません。
この反りの合わなそうな悪魔の二人は、足早に自宅へと駆けていく鈴 もとい美琴の前に降り立った。
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