Op.28 仲直り、そして絆

 強情なキリクを見かねたサクはキリクの周波数を安定させるべく『五つのヒントを出す』と言った、鈴の身体で。


「ひとつ。つづみは生徒総会を欠席することもできたのに、音羽おとわすずが危険だと知りながら『悪魔に託す』というをしたね」


「!」

 そのヒントひとつで充分すぎるほどキリクには伝わっていたが、サクは続けた。かざした人差し指に、細く白い指をもう一本足す。

「ふたつ。音羽鈴も鼓を待たずに帰るというをした」

 さらに一本ずつ増やしていく。

「みっつ。かの子供は信号の点滅を知りながら、渡るというをした。よっつ。右折車の生者は、アクセルを踏み込むというをした。いつつ。キミは助けることを、悪魔もその援護を。ね?」


 光も通さぬような瞳で目線だけを悪魔たちに移し、その『五つ指』を開いた手のひらを振った。まるで人形のようなその仕草に悪魔二体はゾッと悪寒が走る。

「気持ち悪っ……」

「磁力属性。それだけでも珍しいのに貴重な四枚羽根ですからね、会ったのは初めてですが僕でも彼のことは知ってます。まさか鼓さんの後ろ盾だったとは」


 サクはスッと手を下ろし、キリクを見据えた。

「キミたちが。だから他の選択肢パラレルが消えた。それだけのことさ。そんなことでこの子を責め立て自分の欲求を満たすのは見苦しいことだよ」


 言霊で命じられたからではない、キリクはその時、その言葉にようやく納得をした。途端に周波数が安定していく。喋ることができるほどに。


「つまり俺もまた『全』の意思のもとで動いていた、って言いたいんだろ」


 サクは先ほどまでと打って変わりパァッと明るく笑った。


「そうとも。キミも私も、たとえ大天使であろうとも、皆 大いなる『全』の『個』らだよ。『全』が動かしているのではなく、『全』の『個』としてパラレルのひとつひとつを選択しているにすぎない。こと生者は自我によって『全』を見失いやすいからそれを『個』として導くのが私たちの役目だろう? この子も、キミも、あの運転手も、皆、己の選択の上に今があるというだけだよ。さきほど契約違反で『鍵付き』以外の浮幽霊を食らうという選択をした悪魔リヴァイアサンもね」


 最後の一文に対するレヴィの主張はこうである。

「生者のためにエネルギーを使ったから補っただけだ……です」


 サクはそれすらも愛し気に赦すようにフッと笑い、

「もうこの護符も持たなくていいだろう?」

 とキリクに確認した。キリクが「ああ」とぶっきらぼうに返事をすると、サクは「さすがは私のかわいい部下だ」と満足していた。


 鈴の中から出ていく前に、少しだけキリクの心を揺らがせたが。


「キミにお姫様だっこをされて嬉しかったのは私だけじゃないようだ。無論私は天にも昇る気分だったけどね」


 その時から鈴の中にいたのか、と、悪魔も驚愕する。

「あの護符で目くらましされてたのか、俺たちまで」

「上級天使ともなるとまさに神の御業ですね」

 悪魔は生者の魂の状態を明確に視ることができる、天使よりも遥かに明瞭に。それさえくらまされていたことに悪魔たちも立つ瀬がないようだ。



 サクの気配が鈴からも護符からも消えた瞬間、キリクは大きく息を吐いて地面に座り込んだ。

「ぶはー! こえー……気持ち悪りー!」


 悪魔や美琴も同じである。こんなにも緊張したキリクを初めて目の当たりにした鈴は、あんぐりと口を開けていた。


「キリクさんにも怖いものがあったんですね」

 鈴の、いつもの柔らかい声が頭上に降ってくる。


 なぜかそれが妙にホッと気分を和らげキリクは顔を上げた。そしてサクの言い残した言葉を反芻はんすうする。じっと鈴を見上げていると、鈴は首をかしげて笑った。


「どうしたんですか?」

 その陽だまりのような笑顔からは喧嘩をしていた事実すら想像つかない。それでも『なかった』ことにはしまいとキリクは立ち上がり、鈴と向き合った。


「俺にも怖いものがあったから周波数が乱れて、サクの前でも動けなかったんだ」

「そうだったんですか」


「つ、つまり……俺はお前が病院で眠ってた理由を知ってるから同じ事を繰り返してほしくないと思ったんだよ。ムキになって言いすぎて悪かった。こ、子供の犠牲のことについてもそうだし、あの速水はやみかなでのことについてもお前の選択に口出ししちゃいけないのに俺はエゴをお前に押し付けた。家の結界を勝手に剥がした件も……まあ、その、お前なりの善意からっていうか……その、えっと……」


 気持ちが悪いほど素直だ。ただし後半は言い慣れぬ言葉ばかりでなかなか出て来ない。誰もがそれを汲み取ることは出来たが本人は死ぬほど恥ずかしいようだ。

 鈴はそれも含めて礼と謝罪をした。


「キリクさん。何度も言います、助けてくれて、ありがとうございました。それと私も……いつも考えなしに感情任せに動いてしまってごめんなさい。せっかく付いてくださってるのに、無駄にしてしまうことばかり」


「いいんだ。生者の選択に『間違い』なんてない、だからそのまま進んで構わない。それを助けるのが俺の役目だ。お前を普通の体質にしてやるし、あの『足枷』も救ってやる。お前の守りたいものは俺も一緒に守ってやる」


「でも私、こんなにひどいことを」


 鈴は自分が叩いたキリクの頬にそっと触れた。その瞳はブラックホールではなくいつもの煌めく黒真珠だ、それを見つめているとキリクも無意識に鈴の手を握りしめていた。キリクの高い温度が鈴の手の甲に伝わる。


「これも全部受け止めるのが俺の役目だって言ってんだ。何より生者から叩かれるような天使は失格だと思っていい」

「ですがこんな八つ当たりみたいなことをするとやっぱり胸が痛いです。まるで自分が堕ちていっているような気分になります」

「俺がいるから安心して堕ちるところまで堕ちろ。大丈夫だ」


 天使らしからぬ表現だ、しかしキリクらしい言い回しである。


「負の感情だって大事なお前の一部だろ? それを否定することは『個』を否定するに等しい。すべての感情を愛することが『全』への感謝に繋がるんだよ。この先も、何があってもずっと自分を大事にし続けろ。俺が付いてるから」


 未熟なキリクは鈴に合う言葉を降ろしてやることも出来ない。しかしサクが自分の中にいた時に感じたものとほとんど一致していることだけは分かる。鈴にはキリクの想いが届いていた。



「キリクさん、私、今、あの讃美歌を聞いた時と同じ気持ちです」



 それを『慈愛』或いは『祝福』と言い、


 時に生者を役目に導く糧となる。



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