Op.22 悪魔までが転入を

 音羽おとわすずが憧れていた三年の速水はやみかなでが同三年生の女子生徒に告白されて合意を出したところを二体の上級悪魔が見ていたのは、偶然だった。


「おや。穏やかじゃないですね」

 メガネごしに優しく微笑むベルフは校舎の屋上のフェンスに腰かけ、優雅に足組みしている。完全に他人事だ。


 対するレヴィもまた傍観者の一人。しかし満足そうである。

「高級食材の腐敗を食い止めたな」


 そして二人は大きく黒いコウモリ羽根と長い爪、各々の角や尖った耳を隠して学ラン姿となり、物質化、可視化した。



「またも二名の転入生です、多いですねー」


 教員が紹介するのは、

 ツンツンと外はねの黒髪、三白眼の、黒戸くろと ほむら

 ふんわり柔らかな茶髪でメガネの 碓氷うすい より

 という設定の、悪魔。


「ああ! あのときの悪魔!」

 犬神いぬがみこうこと天使キリクや音羽鈴、浮幽霊のかのう美琴みことを差し置いて誰よりも驚き、音を立てて席を立ったのは委員長の古賀こがつづみ


「巫女の分際で騒ぐな」


「あ、黒戸くんは古賀さんと知り合い?」

 教員が尋ねるそのセリフに食い気味に好奇心一色の周囲の反応が鼓に押し寄せる。


「なになに古賀さん。なんか少女漫画のベタなワンシーンみたいだよ」

「それにしては悪魔呼ばわりは酷くない?」

「まさか曲がり角でぶつかったとか?」

「古賀さんでもそういうベタな出逢いがあるんだね」

「巫女っていうだけでもベタなのに」


 そしてクラスメイトの反応は次第に鼓から転入生の悪魔二人に向き始めた。


「でも多いな転入生」

「あのつり目くんタイプ~」

「メガネくんも素敵よ」

「でも黒戸くんは少し怖そう」

「何言ってるの。見掛け倒しで中身がチンピラの犬神くんよりまともよ」


 天使キリク、つまり犬神吼は転入初日のこの時点ですでに周囲をおののかせていたのだ、それに比べればマイペースで気まぐれな悪魔の態度など可愛いものだった。

 だがキリクは納得いかずクラス全員に宣言する。



「お前ら騙されるな、こいつらは、悪魔だ」



 ―― あんたのほうがよっぽど悪魔だよ、


 誰もがそう思うも怖いので口に出す者などいなかった。



 二人が選んだ席は、やはり鈴の周辺。ベタなことに鈴の席は、一番うしろの角。そしてその隣にはキリクがいる。

 レヴィは「高級食材の前に座るしかないな。後ろが良かったが仕方ない」などと自分本位に鈴の前の席を奪う。更にレヴィの隣の席をベルフが奪った。囲碁で言えば詰みというやつだろうか。


 席を奪われた二名の生徒が素直に従ったのはごうかたなき悪魔の催眠効果である。担当教員が黙認しているのも同じく。だが催眠にかかっていないはずのまともなクラスメイトも何やら違う点に話題が逸れている。


「え。こういうとき少女漫画だと普通、曲がり角でぶつかった古賀さんの隣とかになるよね」


 このような平和な冷やかしに鼓は

「そ、そんなんじゃないんだから!」

 というベタな反論をして更に誤解を招いていた。


 出逢いは曲がり角どころか、相手は地面にすら居なかったのを誰も知らない。更に言えば鼓と悪魔の会話すらこれが初めてであることも誰も知らない。


「どうりで今日に限って浮幽霊が多いと思ったぜ」

 キリクはそれだけでも苛立っていた。

 梅雨の真っ只中、校内全体が鬱々と低周波を漂わせるため集まりやすい上、この上級悪魔たちにより引力が生じたように吸い寄せられているのだ。


 そのようなことはおかまいなしのこの上級悪魔二体は昼休み、クラスメイトからの質問攻めを避けるように屋上手前の階段へ向かい、と合流した。


「で、なんで生者のマネして転入なんかしてきやがったんだ」

 まるで自分の学校のように振舞うキリクだが悪魔二体もまた以前より出入り好き勝手にしていたためナチュラルに返す。


「ちょっと面白いものを見てしまいましたからね。貴方へのこの前の報復としてイタズラを仕掛けておきました」


「は?」


 先日、キリクからいわれのない攻撃を受けた二人は当然それを根に持っており、そしてそんな折に格好のネタとなる速水奏の交際スタートというゴシップネタを見つけたのだ。近場で見物しないわけにはいかない。

 無論、転入してきたのはただの演出と暇つぶしに過ぎないが。


 そのようなことは露知らずキリクは至極まともな質問を投げかけた。



「お前ら住所はどうしたんだよ」



「住所?」

 悪魔二人は顔を見合わせた。

「いや、転入書類に必要な情報だろ」

 キリクの真面目な話に、本来物質として実在しない二人は首をかしげた。

「この学校のボスを中心に片っ端から催眠かけたから別に」

「出ていくときも忘却させれば済みますし」


 これにはキリクだけでなく鈴、美琴や鼓まで青ざめる。しかし住所についてはずっと疑問があった鼓がこの機会にキリクに尋ねた。

「そ、そういう犬神くんは住所とるのに戸籍どうしたの?」


「戸籍なんか取るかよ、お前のジイさんが誤魔化してくれてるよ (犯罪)」


「そういうとこは雑なのね!?」


「だって俺 生者じゃないもん。日本で戸籍なんか取ったら年金・住民税・諸々めんどくせえだろ」


 そのキリクの言葉の妙な部分に悪魔二人は興味津々で食い付いてくる。


「ネンキンジュウミンゼイモロモロ…… 聞いたことのない言語だな」


「新しい真言じゃないですか?」


 日本人ならば一度は言ってみたいセリフかもしれない。更にキリクも冗談ではなく本気で二人に告げた。



「真言のような救いはない、忌まわしき呪詛だとでも思え」



 この恐れ知らずの中級天使キリクが言うのだ、いかに上級悪魔とは言えその緊迫した空気に固唾を呑んだ。


「そんなヤバいものがこの平和な日本にもあったんだな」


 目の前でその茶番のようなものを見せられているまともな三人は遠い目でそのやり取りを傍観していた。


「なんで生者でもないのに非国民に見えるのかなあ」

「現実から目を背けているみたいに感じますね」

「羽根があればコスプレ、無ければ無いで厨二病みたいだわね」


 いずれにせよ上級悪魔がいる今日も今日とて平和であることは確かだった。



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