Op.23 失恋

 キリクへの報復のつもりでゴシップネタを得て転入までしてきた悪魔二体。


 転入してきた理由はただの暇つぶしである。

 が、執念深い悪魔は報復に関しては食事を逃すより執拗だ。ここぞとばかりにキリクの前で音羽おとわすずに見せつけた。鈴の憧れ、速水はやみかなでのデート姿を。


 下校の際、ベタにも相合傘で街に出てショッピングし、ペアのアクセサリーを買ってその場で付けてやり、カフェに入る、気色の悪い一連の姿。無論気色が悪いと思っているのは鈴以外だ。


「幻影じゃないぞ、現実だ」

 容赦のないレヴィの言葉。


「まあ彼も聖職者ではないですし何より思春期ですから」

 冷淡に目を閉じて微笑を浮かべメガネを整えるベルフ。


 そんな二人の言葉すら鈴にとってはどうでもよかった。

 この難関校に入るために努力をした。一歳上の奏が傘を貸してくれた時から彼の魂がどれほど濁っていても鈴には輝いて見えていた。一年会えなかったものの最後の一年だけでも姿を眺められるだけでよかった。


 生者の魂の様子など分からぬかのう美琴みことは憑依した際にそれを知り見守っていた。ある程度のことは感じ取れる巫女見習いの古賀こがつづみでも黙っていたことだ。


 キリクは奏が『悪魔と契約をした』と勘づいていたが鈴のために何も言わなかった。正直ゆえに奏が鈴を誘ったときには堂々と邪魔をしていたが悪魔にとってはどうでもよいことだ、キリクへの仕返しになればそれでよい。


 しかしそれを覆すように後悔したのは、仕掛けたレヴィ本人だった。


 鈴の魂が揺れた。

 あの日の帰りと同じように揺れたのだ。

「マズい、高級食材の純度が落ちるかもしれない」

 その言葉に「今更ですか? 分かっててやってるのだとばかり」と冷静なベルフは驚愕する。


「忘却を……」

 レヴィが言い終える間もなく、居ても立っても居られなかった鈴はその場を駆けだしてしまった。

「鈴ちゃん!」

 美琴がついて行く。鼓もあとを追った。呆然とする悪魔二体を、安定した高周波で見据えるキリク。


「お、お前は追わないのか。いつも金魚の糞のようにお守りをしてるのに」

 戸惑うレヴィにただ溜め息をつき、キリクは何もせずに背を向けた。


 ――「強く在りなさい」


 サクの教えを今になって思い出す。


「忘却は必要ない。いずれ分かることだったし、これが生者の世界だろ。別にあの速水奏って生者が他の誰かを選んだことはお前らの仕業でも何でもない、この現実を乗り越えられないようなら鈴自身がそれまでだったってだけだ」


 存外落ち着き払ったその態度に悪魔はまるで自分たちが矮小であるような感覚を覚えた。本来、悪魔は罪悪感など持ち合わせていない。つまりこれは高等な天使の力である。

 いかに鈍感で無神経なキリクであろうと鈴が傷つけられたことは分かる。キリクの格は中級天使の中でもこの上級悪魔よりも上。キリクは何も言わない、だが悪魔は畏れを抱いている。何も言わぬことでむしろ反省を促していた。七大悪魔が身動きすら取れぬキリクの安定感周波数に気圧される二体はその場に立ち尽くし、やむなくキリクの背を見送った。


 キリクが去ったあとの大きな脱力感。


「圧がすごい、圧が…………」

「天使が本気で怒ると負のエネルギーの何もかもを抑えつけるって本当なんですね」

「奴が自分で怒りをコントロールするためだけに俺たちの低周波存在そのものまで消す勢いだったぞ」

「あれが悟りのエネルギーですか、初めて浴びましたけど実に不愉快極まりない」

「単なる悪ふざけも少し過ぎたようだ。高級食材が汚れることまで考えてなかった」

「先輩、今、何考えてます? もしかして慰めようとでも?」

「少し詫びて音羽鈴の魂の純度を上げるだけだ」


「…………僕たちは悪魔です、近くにいるだけでも彼女の魂に負担がかかる存在なんですよ。必要以上に関わるより、天使に任せるべきでは?」


 ベルフの言うことは最もだった。いかに魂が黒く染まった奏が近くにいようと安定していた鈴の魂でも上級悪魔である自分たちがキリクのように付きっ切りになれば話は別なのだ。おそらくレヴィやベルフの低周波は長く居れば居るほど徐々に鈴の魂をむしばんでいくだろう。


 正論に違いない。

 それなのにレヴィは執拗だった。嫉妬エンヴィの化身たるが故だろうか、

「あんな強力な中級天使と巫女までいるんだ、『足枷』に憑依されようが『悪魔契約者』に接近しようが揺れなかった、だから少しぐらい……油断するぐらいには俺たちも傍にいて平気だろ。濁る前に食らえばいい、もっとオーラの層が厚く強くなってから、それから……」

 どことなく饒舌じょうせつに、ベルフに対し、いや、自身に対して言い訳を並べていく。


 ――こんな時、アスモデウスならば……


 そんな考えがベルフによぎる。だがレヴィから離れることもしなかった。なぜ自分がこの身勝手なレヴィに付いているのかすら常々不思議だ。振り回され、オペラグラスまで借りパクされて殺意すら芽生えるにもかかわらず。


 自分が氷冷術しか使えないから炎が便利なのだと主張するベルフもまた、このレヴィの言い訳と同レベルなのだと自覚しているからなのだろう。ベルフはこのときのレヴィに対し、何も言えなかった。


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