Op.41 巨パフェと食レポ

 放課後、紹介されたカフェに立ち入ろうとするレヴィを止めるでもなく音羽おとわすずたちも興味本位で付いて行いった。

 カウンターでレヴィが店主にチラシを見せて交渉している間に鈴たちは客席で和気藹々とメニューを選んでいる。

「あ。チャイティーがある」

「私もそれ飲みたいです」

「ねぇケーキも食べない?」

「鼓さんが食べるなら私も頂きます」

「苺ショートと抹茶ロール、悩むなあ」

「チャイにはどちらも合いますね」

「じゃあさ、二つ頼んで半分こしよっ」

「えっ…… そ、そんな、いいんでしょうか、あの、その、」

「なによー照れることないでしょ」

「でも、…… じゃあ、は、半分こ、お願いします」

「鈴ったら可愛いんだからー」

 隣に座る古賀こがつづみがうまく盛り上げてくれる。かのう美琴みことも食欲というものはないにせよ見ているだけで楽し気な様子だ。

 向かいに座るキリクとベルフにとってはどうでもよい話である。なぜメニュー表一枚だけでこんなに楽しそうに出来るのか甚だ謎でならなかった。


 一方、レヴィのオーダーを受けた店主はこの派手な高校生集団に苛立ちを覚え、鈴たちからのオーダー品を先に出したあとに作ったパフェのチョコミントアイスをあろうことかチラシに書かれてある 3 kg ではなく 5 kg にカサ増してカウンターに置いた。


 ――(このクソガキめ。腹を下して格好悪い姿でも見せてやればいい)


 しかしその魂の黒さは天使や悪魔には筒抜けであり、レヴィは「なるほど量を増やしたのか」とだけ呟いて目の前に出された巨パフェに眉一つ動かすことなく平然と口に運び始めて店主をおののかせる。


 店主はその姿をひたすら呆然と眺めた。


 ――(なぜ誰もこいつを止めないんだ!? 心配するわけでもなく面白がるわけでもないし全くこっちに興味を示さないぞ!?)


 それはレヴィが一万円を払う気など毛頭ないことを身内が知っているからだ。『残しても催眠で踏み倒すのだろう』と高を括っていたわけである。


 その中で店主はふと気付く。

 チャイとケーキをシェアしている女子二人に対して金髪の男子はイチゴ牛乳、茶髪メガネの男子に至っては、ノンオーダー、つまりお冷やのみ。男性陣がケーキでも頼んでいれば店主の溜飲も下がっていたのだろうがこれがさらに舐めた態度のように映り店主を苛立たせた。


「お、お客様は何も召し上がられないのですか?」

 店主がベルフに声をかけると、ベルフはメガネの奥の茶色い瞳を優しく細めてこう返す。

「あ。僕は (生者の飲食物は中毒性があって) 恐いので水以外は口にしません」

「(一番まともそうな外見のくせにクソガキだな) こ、氷が溶けてますね、グラスを取り替えま……」

「いえ。氷も (自分で作れるので) 結構です」

「(なんて感じ悪い客だ) か、かしこまりました」


 店主が顔を引きつらせて離れようとした瞬間、今しがたまで無言でイチゴ牛乳を口にしたまま威圧感を放っていた金髪金眼の白人がすさまじい勢いで立ち上がった。


「このイチゴ牛乳は『神』を超越してる……!」


 そのおかしな発言にはレヴィ以外、他の客も含めて同じ店内にいた誰もが真顔でキリクを見上げた。レヴィのことよりもキリクのほうを心配した鈴は静まり返る中で「犬神いぬがみくん、おすわり、です」と声をかける。

 キリクはワナワナと震えながら腰を下ろし冷静に何やら語り始めてしまう。


「ゆっくりとイチゴを凍らせることにより細胞壁を氷結晶で壊れやすくしクラッシュした際の芳香を際立たせている上に高脂肪の牛乳で高速攪拌してるからなのか濃厚でまろやかなエマルション形成を感じる……!」


 こんなにも美味しさが伝わってこない食レポがあるだろうかと思うところだが店主は何に胸を打たれたのかキリクの言葉に感激しているようだった。


「そ、そこまで気に入っていただけるなど! お客様のほうが神さまです!」

「俺は神じゃねぇ」


 知る者が聞いている限りではとてつもなく冷え込むやり取りである。


 冷え込むついでにレヴィを見ると既に 8 分の時点で完食していた。店主は思わずカサ増しした事実を何のはばかりもなく叫ぶ。

「そんな、5 kg もあったんだぞ!?」

 当然それを聞いた他のテーブル席では「え。3 kg じゃなかったっけ」という声が上がり始め、

〈 最悪。チャレンジ巨パフェをイケメン DK にだけカサ増しする店長 〉

 SNS にそんな投稿が成された。


 しかしチョコミントアイス中毒に陥っている悪魔にとっては 3 kg も 5 kg も大差ないことだ。


「今まで食したチョコミントアイスの中でも一番美味かった。ミントがしつこくなく華やかな香りがあとに残り鼻に抜ける爽快感を感じながらも甘く濃厚なチョコレートは口に入れた瞬間にまるで粒子のようにほどけてミントと絶妙に調和し いつまでも食べ続けられる逸品だ。チョコレートもることながらこの美味しさの秘訣は香り高いミントにあるんじゃないか、特殊なミントとか?」


黒戸くろとくんガチ勢すぎてキモイよ」

 シナモン香るチャイをすすりながら鼓が突っ込むがそれでも店主は膝から崩れ落ちた。


「そ、そのミントは私が栽培したものなのです……」


「店長さんも充分に念を込めてた」

 本人に聞こえはしないものの美琴は店内が静かなので小声で呟く。


「なるほど、貴様が魂を削って作り出したからこんな絶品が生まれたのか」

 高校生レヴィから『貴様』呼ばわりされていることなど気にも留めず店主は想いを連ね始める。


「そうです、このチョコミントはそこらのとは本当に違うんです。私がこだわりにこだわって厳選した品種のアップルミントも一緒に栽培して混ぜているのです。自然たっぷりの中、無農薬で虫もつかぬよう必死で栽培したツヤツヤのミントたち……。それを使って手作りしたものなのに最近は量産されたチョコミントのほうが人気になり仕舞いにはチョコミントであればメーカーもこだわらないなんていう人まで。結局 在庫を抱えたまま眠らせるわけにもいかずこうしてフードファイター向けに作るだけの日々に。ああ、こんなにも評価していただけたのはいつ以来でしょうか。お客様も神さまです。10 分超えようとも料金はもう頂きません、どうかいつでもお越しください」


「そこまで言うなら今後も食ってやろう。ちなみに俺は神じゃなくて悪魔だ」


 それ以降も会話は噛み合うことはなかった。

 ついでながらこの企画を紹介した男子生徒の目論見『黒戸ほむらのゴシップネタを晒す』も不完全燃焼で幕を閉じ、町にも学校にも再び日常が訪れた。



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