Op.25 ジャパニーズ・ツンデレ

「黒戸くーん! 今日ヒマぁ?」

 教室に女子生徒の明るい声が響く。


「いつもヒマだ。俺の退屈を埋めた奴には褒美をやる」

 偉そうに答える男子生徒の周囲に群れが出来る。


「やだも〜面白ぉい!」

「ねえ碓氷くんは?」


「僕も先ぱ… 黒戸くんがヒマならヒマでいいですよ」


「え〜なんかずっと一緒にいるね、双子みたい」


「そんなことを言われたのは初めてだ」(齢二百超え)

「僕など黒戸くんに比べたら若輩者ですよ」(齢百五十ほど)


 黒戸くろとほむらことレヴィ、碓氷うすいよりことベルフ。彼ら悪魔はとかく校内で人気だった。当の二人は女子生徒に囲まれながら魂の品定め中である。

「あいつほどじゃないな」

「人間の魂も質が落ちましたね」

 互いに耳打ちし合う。

「なんか黒っぽく燻んでるのが多いな、特にメスの闘争心がひどい」

「悪魔の気配はないですし……時代でしょうか、ネットとか」

「最初に見たあの高級食材と巫女が特別だっただけか」


 当の『高級食材』こと音羽おとわすずは今、犬神いぬがみこうこと天使キリクの隣で黙々と次の授業の予習にいそしんでいる。

 その清い魂を守るべく傍に付きっ切りなのはキリク、ではなく、浮幽霊のかのう美琴みことだった。


 常に鈴を監視……寄り添っていたキリクは今、無関心を決め込み子供のごとく外方そっぽを向いて一言も会話をしない。


 昨日、鈴とキリクが喧嘩をしてからこの状態なのだ。


 今の光景のほうが『異様』だと映っているクラスメイトたちもまた毒されている、それぐらい今まで日常風景と化していたのだ、真の『異様』な光景が。

 神々しいまでの金髪金眼の白人美青年が上品で薄幸そうな女子学生に付きっ切りというベタなシチュエーションに加え、チンピラのような性格も相まって誰も間に割って入ろうなどと思わなかった。それゆえこの学校の風物詩と化していた。


 その風物詩が昨日の今日で崩れ去ったというわけである。すなわちこの二人の間に流れる露骨な『他人』のオーラは、巡り巡って違う風物詩となった。


「犬神くん どしたん?」

「音羽さんにトイレまで付いて回ってたのに喧嘩?」

「あんなベッタリだったのに喧嘩だけでここまで離れる?」

「微妙に机まで距離開けてるし」

「てか結局二人はどういう関係だったの? 恋人って感じでもなかったね」


 惚気のろけひとつ見せなかったからだろう。恋人や親戚に見られるよりは、

『音羽鈴に雇われた SP』

 などという噂が立っていたほどだ。あながち認識としては間違いない。


「あ~、あのお二人が喧嘩した原因は僕らにもありまして」

「ちょっとイタズラの度が過ぎたな」


 悪魔二人の正直な言葉には

「へえ~、一応 喧嘩するくらいには仲良かったんだね」

 そんな感心を寄せられていた。つまり今まで『仲がいい』とさえ思われてもいなかったということだ。


 離れた席から古賀こがつづみも次の授業のテキストの上で頬杖をつき呆れた様子で傍観していた。


 ―― (昨日サクさまとも口論してたなあ犬神くん。あのサクさまにボディブロー入れる存在なんて彼ぐらいよね……おかげでうちを震源地とする震度 3 の揺れが観測されてどれだけ迷惑したことか。記録にない『個人宅震源地』って気象庁だけじゃなくて情報局まで動くのね、電話が鳴りっぱなしだったわ)


 その地震の原因は、気分転換にといつも以上に鬱陶しく絡んだサクである。むしろ説法をチョイスしていたならばまだ揺れ動きはしなかっただろう。このように地球規模に至るのが天界の揺れの恐ろしさである。

 揺れに揺れたキリクは無論、登下校も鈴の傍にいることはなくなった。


 今の鈴の状態は極めて危うい。第三層オーラが弱っていて第二層までも揺らいでいる、つまり憑依を受けて意識まで乗っ取られやすい危険な状態なのだ。

 それに加え、ゾンビのごとく増える浮幽霊の群れを目当てに魔界から低級悪魔たちも集まってくるこの梅雨時期。


 さすがに危ないからとサクが鼓づてに護符入りのお守りを持たせたものの一時的に跳ね返すのみで引き寄せることには変わりない。低級悪魔でもエネルギーが強ければ護符では跳ね返せない可能性もある。


「本気で俺たちに丸投げしたということか、あの番犬」

「僕らも食糧探しに出たいんですけどねえ」

 自分たちの撒いた種とは言え悪魔もここまで責任は負いたくない。低級悪魔を追い返し美味しくもない浮幽霊を食らってやり過ごすも、その場しのぎに過ぎず切りがない。それでもその姿に美琴と鼓は少し感心していた。

「悪魔なのに鈴ちゃんを守ってくれてるなんてちょっと不思議」

「なんだか育ててるバラの周りの雑草を処理してるみたいだわ」

 冷やかし半分、感心半分と言ったところか。当の悪魔たちにとっては冷やかし全開である。

「あの番犬が仕事を怠らなければ俺たちもこんな苦労はしていない」

「そうですよ、彼がもう少し周波数を上げてくれないといつ音羽さんが他の悪魔に食われるか」


『ならなんで貴方たちは食べないの』という言葉を呑み込み、「でも偉いわ、鈴を守れるのは貴方たちだけよ」などと巫女見習いが持ち上げることでジワジワと保護意欲を高めていた。悪魔も単純である。



 そして目まぐるしい風物詩を終えた放課後、鼓や美琴と一緒に下校する鈴。


 を、後ろからさりげなく、実にさりげなく、周囲から見ればわざとらしいまでに不審な様子でついて行く、キリク。


「素直に一緒に帰ればいいじゃないですか」

 急にベルフから声をかけられ、地震でもまた起こすのではと思うほどキリクは周波数を乱した。


「気配消して背後に立つんじゃねえよ!」

 威嚇するがそもそも上級悪魔の超低周波は天使に気付かれにくいものだ。もちろん集中し安定した状態の天使ならばそれぐらい感じ取ることもできるが今の乱れ切ったキリクには気配すら感じることもままならない。


「俺たちは気配なんか消してない、常にこの状態だ」

 キリクが生者の姿を真似て可視化するには周波数を地球の次元に落とす必要があるが悪魔はそのような手間は要らない。人を騙して魂を食らうのが業であるため幻術なり催眠なりと、揺らぎの世界を自在に行き来することができる。


「犬神くん、いえ、キリク。あなたも堕天してみては? ウェルカムですよ (先輩を牽制してくれそうだし)」

 そう柔らかい眼差しでとんでもないセリフを吐くベルフにレヴィが反論した。

「風属性なんて使えないだろ」

「それは炎属性の先輩が単に風と相性悪いだけでしょう」

 そんな二人の言い合いをよそにキリクは鈴の後ろ姿を何度もチラチラと確認している。


 この妙に鬱陶しいエリート中級天使の姿を見かねたベルフが「鬱陶しいので早く仲直りしてください」ときっぱり一刀両断した。

「そうだ公私混同して尾行なんかせず素直に謝って一緒に帰ればいい」

 レヴィにまで正論を言われたキリクはカチンと来て尚更ムキになってしまう。

「うるせぇ、別に帰る方向が同じで鉢合わせしたくないだけだ!」


 典型的な言い訳に、ベルフの切り札だったはずの『絶対零度』をも超える悪寒が悪魔二人の背筋を駆け抜けた。

「先輩、僕は風邪をひいてしまうかもしれません」

「お前が風邪をひくなら俺は高熱で死ぬぞ」


 切実に、鈴とキリクの仲直りを所望する者たちがここに二人いた。



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