第27話 玉依毘賣
何処ぞの寺の『怪談会』で知り合って
意気投合したとか。そんな嘘みたいな
経緯で藤崎が誘致した、日本最大手の
総合不動産会社 筧地所株式会社 の
会長、筧俊作。八十一歳。
俺も経済新聞やメディアでしか見た事が
ない その人 が。まさか【猫魔岬】に
しかも結構デカい台風が近づいている
この時期に。
「…本当に来るんだべか…筧俊作。」
「まさかのイキナリだが、あの人は
来るって言ったら多分、絶対に来る。
そういう御仁だ。」店の窓から空の
様子を眺めながら、藤崎が言う。
多分なのか絶対なのか。まぁ、来る
可能性八割以上って事か。
「この天候だから近場のホテルも
キャンセル出てるべ。だが、あまり
移動させんのも酷だ。と、なると
古いが『渚亭』位しかねえしょ。」
「…ああ。女将にはもう話はつけて
ある。流石は網元屋敷だ、全くこの
状況に動揺もねえわ。」「女将は
ここらじゃ一目置かれてるべや。
漁連だけでなく農協やホクレンにも
太いパイプ持ってっるっけよ。」
元が、網元で成り立っていた一族だ。
地権者筆頭だから、当然と言えば
当然だろう。
「おい、権堂。」「?」「それマジで
いの一番 に聞きたかったわ、俺が
赴任して来た時に。」「言ったべや?」
「オマエから聞いたのは 地権者 って
事だけだ…まあそれはいいとして。」
窓硝子に張り付いていた藤崎が、突然
こっちに詰め寄って来た。
「あの『呪いの網元屋敷』だけどよ、
マジ呪いの網元屋敷だったの、オマエ
知ってたか?」「え…?どういう?」
一瞬、コイツ何言ってんだ?と
思ったが。「呪い、って…何の?」
「いや、別に呪いは関係ない。単なる
接頭辞、雰囲気だ。あの旅館内に
『開かずの間』がある、ってのは
此処らじゃ周知のハナシなのか?」
「はッ?!そったらモン初耳だべ。」
「…知らねえか。」藤崎は如何にも
詰まらなそうな顔で更に続けた。
「所謂、客を泊めない部屋だから
『開かずの間』らしいんだが、そこに
どうやらあの
いるらしい。そもそも新月に鳥居の
間に篝火焚くのって『濤祓え』が元に
なってるんだってな。何でも、海神の
娘を返して嵐を鎮めるとか。あの女、
実際に江戸時代に生まれて人身御供に
なった、って事は化け物じゃねえの?
神の娘とかでなくてよ。何だか訳が
分からなくなってきた、俺。」
確かに、嘗ての因習として人身御供は
あったが、それは豊漁祈願が主だ。
神社の縁起には、
ものの、贄が娘でなきゃならないとは
書いてない。
海神の娘を介して荒海を鎮めるのは又
別の話になる。
「宮司も言ってたが 猫魔大明神 は
海神の
『古事記』によれば大綿津見神には
娘が二人いて、一人は
有名な鰐鮫の化身さ。で、もう一人が
日本の国と民を結び付けたって事で
縁結びの神 として知られてるべ。」
「へぇ…オマエってマジで博識だな。」
「諸説あるっけ。」単なる神話だ。
「…なる程な。それで商売繁盛とか
座敷童だとか言ってたのか。」
藤崎はそう言うと、ニヤリと笑った。
生憎の空模様の中、何と日本最大手の
不動産会社の会長は、普通にJRの
『猫魔岬』駅に降り立った。
「筧会長、遠路遥々お出で下さって
本当に有難う御座います。しかもこの
天候の中。あ、足元気をつけて下さい。
結構ホームとの間が空いてるんで。」
藤崎の行動は速い。こういう所が流石
スーパースター と呼ばれる所以か。
「いや迎えに来てくれるとは恐縮です。
『根古間神社』の宮司と【猫魔岬】の
歴史を知ってる人を紹介して貰えればと
思ったんだが、宿の手配までして貰って
申し訳なかった。だが助かったよ。
この天気の様子じゃ暫くは此処を拠点に
する必要がありそうだ。」
メディアで見るより却って若々しく
見える。これがあの筧地所の現会長か。
しかもその会長職を降りて心機一転、
新事業を検討してると言うんだから、
相当な遣り手だべ。
「宿の女将の一族が網元だったんで
色々と興味深い話を聞けると思います。
それから地理とか、今密かに話題に
なってる新種のクラゲ。それについても
丁度、研究者のチームが同宿になるので
話を聞けるかも知れません。あ、彼は
ウチの課長、権堂です。此処らの事は
私よりも詳しくので、お尋ね下さい。」
突然紹介されて一瞬、戸惑うが。
「課長の権堂龍弥です。」「筧です。」
至って、シンプル。
「先ずは、旅館にご案内します。」
俺は形式的な挨拶をすると、駅前に
待たせていたタクシーへと彼等を
案内した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます