第19話 炯星、泳ぐ

本当に久しぶりに海に来たと思う。

しかも滅多に来る事などないだろう

北の果てにある海水浴場だ。

島流しになった、僕が最も尊敬する

  は、もうすっかり 土地 に

馴染んでいる様で、安堵すると同時に

田坂さんじゃないけれど、彼と一緒に

仕事が出来る権堂さんが、少しだけ

羨ましく思えた。


多分、何処に行っても彼は

貫き通す。其処が途轍もない困難を

齎してくる様な場所だとしても。


銀行で働く以上、店舗削減計画は

絶対だ。そして本来、僕らの仕事は

それを右から左へと事務的に恙無く

熟すだけだ。けれどもそれで本当に

良いのだろうか。

 これは彼からの受け売りではなく

今、僕自身が心底 疑問 に思って

いる事なのだ。

 ひょんな縁から一緒に仕事をする

事になった、もう一人の  は

余り考え過ぎるな、という。幾ら深く

考え過ぎたとて、変わらないどころか

僕自身の未来を損なう危険があると。

反感を持てば、辞める方へと向かう。

でも、それでは駄目だと彼は説く。




「…それにしても、本州の人って

イケメン多いべ。」『根古間神社』の

由良宮司が、ため息をつきながら言う。

空が穏やかに青い。海の色は深い藍に

染まっていて、水平線でキッカリと

それらは分断されている。

「あの二人は  ですから。

藤崎さんも田坂さんも、東京でも豪く

目立ちますからね。」実際、あの

ツートップを連れて歩くのは色々と

目立つ。いや、それを通り越して

何だか気恥ずかしい。


実際には皆が一瞬、躊躇う様な事を

躊躇なく実行する彼等の

恥ずかしいのだ。しかも、二人とも

既に いい をして。


「目立つのは、ツラが良いからって

事だけでねぇべや。」「仰る通り。」

隣で如何にも 裏社会的な を

全身に纏った権堂さんが言うけれど

藤崎さんから聞いた所だと、この人

理系の院卒らしい。


僕は ですよ? と、うっかり

口を滑らさなかった事に安堵していた。

知り合ったばかりの人なのに、何だか

凄く 不思議 な人だ。しかも髪型が

今どきオールバック。南国の真っ赤な

花がプリントされたアロハシャツに

ゴールドのネックレス。しかもお約束の

サングラス。


「それはそうと、由良宮司はこの

【猫魔岬】は長いんですか?」僕は

特に文句も言わずにに付き

合ってくれている『根古間神社』の

宮司に尋ねた。「そうさな、かれこれ

三十いや四十年近いべな。」「新月に

鳥居の間に篝火を焚くんですってね。

僕も見たかったな。」「いつでも来たら

いいべや。それか、銀行さ辞めて宮司

見習に来たらいいしょ!大歓迎だべ。」


「有難う御座います。でも…僕は。」

「そんなマジに取らなくていいべや。

宮司も真剣にリクルートしてる訳じゃ

ねえさ。」「権堂さんは、閉店したら

何処に異動したいとかあるんですか?」

「無い、かな。」「…そうですか。」


陽はまだ高かった。海の家、という

モノはあると言えばあるし、ないと

言えば、ない。

でも、食べ物は駅前のコンビニで

買うか宿で作って貰うかしなければ

ならない。


「ここの皆さんは【猫魔岬】の

開発についてどう思ってるのかな?」

誰に言うでもなく、口にしてみた。

「そりゃ賑やかになるのは良いけど

何んもかも好き勝手にやられたら、

それはそれで反対運動が起こるべや。

前に外資が土地さ買いに来たっけ、

『渚亭』の女将がなまら凄い剣幕で

追っ払ったべなぁ。確か龍弥さんも

呼ばれたべ?」「いやぁ…あれは。」

「まさか見た目?」いやそれしか。

「ノーコメントで通したから、問題

ねえしょ?商談してる時に何気に

柱に凭れ掛かって見てただけだべ。」

「…はあ。」それ、グレーですよ?

ていうより、効果的面だ。



「うおぉいッ!!テメェらも来いぃ!

ガチでクソ寒いからッ!」「コラ!

諒太ッ!逃げてンじゃねえぞ?!」

「逃げてねえだろ!アイツらも誘って

やってるだけだ!」「黙れ、もう一回

やるぞ!」「あんな魚、取れねぇよ!

バカじゃねえの?てか、マジで凍える!

一度、上がらせて貰う!」「諒太!

ちょっ、待てよ…!」「離せ、優斗!」


海の方から、僕の

とんでもない格好で上がって来た。


「だから言ったべや。一体、何処まで

泳いで行ったんだよ…ッ?」「…え。」

「ちょっと待て!お前等…ソレッ!」

権堂さんがサングラスを押し上げる。

「う、わあああああ!来るなッ!!」


「……っ。」




彼等の足に絡みついた黒いモノは、

僕には 人の髪の毛 の様に見えた。







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