第18話 夏休み
あれから、『網元屋敷』の女将に
二尾 の歴史について色々と聞いた。
元は江戸時代に北海道へと渡って来た
松前藩士の末裔らしい。
御一新やら戊辰戦争やらの激動を経て
この【猫魔岬】の地に『網元』として
根を下ろしたという。
ここからは『根古間神社』の記録だが
最後の 人身御供 の名前がまさに
二尾富子、当時十七歳。
『網元屋敷』の二尾家の遠縁に当たる
この少女は、態々 人身御供 の為に
北の大地へと召喚された。
詳しい事情は当時の人間にしか知る
由もない事だろうが、彼女は士族階級の
息女で、しかも自ら人身御供を志願して
【猫魔岬】へ渡って来たと言う。
真夏の太陽は、幾ら北の国だからと
いって容赦などしないのだろう。
昨今の世界的猛暑の煽りで北海道でも
連日三十度を優に超える。かと言って
冬になればそれなりに雪は降るし
寒いのだろう。
どの道、厳しいには変わりない。
「…。」俺は腕時計で時刻を確認すると
目と鼻の先にある『猫魔岬駅』へと足を
向けた。田坂と岸田が 陣中見舞 に
来るからだ。
【猫魔岬】の活性化へのキモは、如何に
この町が築き上がって来た 雰囲気 を
護りつつ活性化させるか。それが最大の
難所であり課題なのは言う迄もない。
札幌からの下り電車が駅に停車すると、
いやに挙動不審な男が二人。まるで
初めて月に着陸した人類みたいに恐る
恐る降りて来た。
「よく来たな。」俺は奴らに言う。
「藤崎さんッ!」岸田の顔が安堵へと
変わる。「…お前も元気そうで、って
言うか…てっきり間違えて乗ったかと
思った。客もあまり乗ってないし…って
何だ?…アレ!」田坂が、駅舎からも
見える
「あれが『猫魔岬支店』だ。かなり
イケてんだろ?」「ハッ…ははは!」
田坂、思わず爆笑。
「…斬新なデザインですね。それに
わりと新しいですか?もしかして。」
馬鹿笑いする田坂に代わって岸田が
写メりながら聞いてくる。やっぱり、
コイツは一皮剥けたよな。指導員には
何ら関係なく。
「まあな。町おこしに乗っかったって
話だが、店内も凝ってる。それは
もう!コンセプト 海の世界 だ。」
「見たいです!」「おうよ。」どの道
店には戻らないと。幾ら人が来ないと
言っても一応、営業中だ。
「おい、馬鹿笑い法人営業。とっとと
来い!」いつまでもツボって笑ってる
田坂に声をかけると、俺は二人を
『猫魔岬支店』へと誘った。
「いらっしゃいませ!」店内に入ると
案の定、奴らは呆気に取られた様だ。
「お疲れ様です。課長の権堂です。」
此処の所、何気に腑抜けていた権堂が
いやにシャッキリ挨拶に来た。
「あ、どうも。法人営業第一部の…って
今回は夏休みで。諒太、いや藤崎が
支店長やってるの見に来ただけですから
お気になさらずに。コイツ、ちゃんと
仕事してますか?」「…優斗お前な。」
相変わらず容赦なく失礼な野郎だ。
それも俺に対してだけ。
「コイツ、タメだぞ?」「…え。」
「いえ入行は二年後になりますから。」
権堂のヤツ。ちゃんとわかってて
アノ態度のデカさか?まぁいいけど。
「このお店、凄くいい感じですね。
あの壁の螺旋階段って、登る事とかは
出来るんですか?眺望良さそう!」
岸田が又、余計な事を…。
「ああ、あれは藤崎支店長が…。」
「権堂!半笑いしてンじゃねえよ!
アレは駄目!登れねえから。単に
飾り!専門の業者しか不許可!」
いやマジで危険だから。あの恐怖と
言ったらもう…!
「どうせ支店長自ら登っておいて
降りられなくなったりしてんだろ。
コイツのやる事は大体、想像出来る。
権堂課長も大変じゃないですか?
藤崎のお守りは。」田坂がまるで
俺の保護者みたいに言うが。
「いやいや、支店長は【猫魔岬】の
アイドルですから。いつの間にか
店の顧客らで、ダイレクトでの投信
売買ブームになってますからね。
実際、藤崎支店長が来てから店の
収益上がったべや。」「へぇ。」
何か…微妙に空気悪いんだけど。
「…僕ら、あまりお邪魔しても。」
岸田が不毛な応報に終止符を打った。
「そうだな。一旦宿に荷物を置いて
泳ぎに行こうぜ岸田。」「マジで?」
「大マジだけど。駄目?」
「いや、駄目じゃねぇけど…。」
『猫魔大明神』に喰われたりは…。
「もし泳ぐのなら、陸繋島の方には
行かない方がいい。」権堂が言った。
「あの辺は急に深くなってる場所が
あるっけ、しかも、そこらの海水温も
真夏でも低いべ。今日はやめれ。
明日は休みだ。付き合ってやるさ。」
ヤツはそう言うと、眉間に皺を刻んだ。
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