第39話 太白星、腹括る

初めて来た時にはクマゼミが喧しく

鳴いていたのに。今ではもうすっかり

冬の到来を待つ様な乾いた空気が

張り詰めていた。


「……。」朱い千本鳥居を潜りながら

俺の視線は遥か水平線の先へ。薄曇りの

日本海は穏やかな水色を湛えながらも

厳しい自然の片鱗を予感させる。



 実際、難しい問題は山積みだった。



『猫魔岬支店』の閉店は、既に周知

していた。それが筧俊作の都市再生

計画の発表で、閉店作業のタイム

テーブルは膠着状態になっている。

それは、まあ良いとして。

 例の『猫魔ホラークラゲ』に思わぬ

利用価値が出て来そうだと思った途端

いきなり姿を消しやがって。

岬を拠点としてるのだと、権堂は存外

気楽に構えているが。海底で観測される

群発地震も何となく気に懸かる。


そして、二尾富子のキャッシュカード。


何ならデビット機能つけてやりたいと

思っているが、そもそも百七十四歳の

人間なんてで作られた銀行

預金システムを、どうやってこの

奇怪な現象とマッチさせるのか。

そこには法律も絡んで来るだけに、

慎重な検討が必要とされる。


そんな事を思いながら俺は、いつの

間にか 朱い千本鳥居の参道 を

登り切っていた。





石の狛猫達が護る『根古間神社』の

境内は、もうすっかり秋祭の準備が

整っていた…が。

「…何これ。」なんか手ぇ洗うの

躊躇わされるんだけど。まるで猫が

毛球を吐く様なカオで、手水の横に

例の『猫魚』が大きな口から水を

吐いている。


     此処  だよな?



「おう!支店長さんでねえか!」

猫の立体パズルを持った由良宮司が

俺を見つけて相好を崩した。

「いやあ、宮司さん。凄いですね、

境内パワーアップしてませんか?」

「これな!二尾の女将さん発案の

マスコット達だべや。」「一体、

何種類いるんです?このクリーチャー

達は。」「今ん所は『猫魔クラゲろ

ゲロッぴー』と『ホエーるにゃん』

『八百比丘にゃー』の複数バージョン

まだ増やすべって、女将が今まさに

社務所で検討中だべや。」


       ……マジかよ。


「それはそうと。ここ最近、本物の

『猫魔ホラークラゲ』の姿を見ない

様なんですが、こういう事って…。」

「あぁ、時々あるべや。詳しくは

知らねえけど『猫魔神社縁起』にも

幾つか記されてるさ。でも、又この

岬に戻って来てるっけ、そういう

モンでねぇか?龍弥さんが詳しいべ。

あの人も『猫魔神社縁起』ば、全冊

読んでるさ。」「…全冊。」って

確か、古典っぽい読めねぇ表記で

数十冊もある。


「…でもって結構なインテリだべ?

科学的根拠だとか。そういう事を

なまら知ってて、神話や縁起やらの

検証をすんのがだとか

言ってるべや。」「…権堂が。」

何だか意外だ。でも、ヤツらしいと

言えば然り。



「支店長さん!」「?」見れば今度は

沢山の秋の花々を入れた大きな桶を

抱えた菅原巡査が参道を登って来た。

一見、墓参りみたいに見える。

「勝手に入って大丈夫さ、町の顔役が

揃ってるっけ、支店長さん来たら

なまら大喜びするべ。」

「…有難う御座います。」俺は二人に

礼を言って、社務所に上がらせて貰う

事にした。




【猫魔岬】のって事は、町長や

『猫魔岬商店街』会長なんかも

駆り出されてるのか。場合によっちゃ

富子のカードの話 は出来ねえな。


「失礼します。」そんな事を思いつつ

念の為、声をかける。


「あら、支店長さんでないかい!」

女将が大仰に迎えてくれたが。

「え…女将さんだけ?」顔役が揃って

打合せだか会議だかの真っ最中って

聞いたんだけど。

「皆んなにはマスコットを設置しに

行って貰ってるべさ。」


   …マスコットの……設置。


いや…今は寧ろ、そんな事よりも。

「富子さんからキャッシュカードを

作りたいって言われたんですが。」

「…え。」女将はまるで豆鉄砲でも

食らった様な顔で眉根を寄せた。

「富子様がどうして又。必要な物は

用意させて貰ってるしょや。」


「富子さん名義の口座が今も生きて

いるんです。以前、俺が留守してた

時に、とかで窓口に

来たんですが、今って

うるさいんですよ。で、結局は出金

せずに帰られた事があって。」

「…ああ、それは!」言うや女将は

目を潤ませた。「私の実家の旅館ば

姉が継いでるんだけど、客の煙草の

不始末から小火ぼやさ出して、それで一時

大変だったけど、やっと融資の審査に

通って新築したしょ。まさかその?」「……。」そういう事か。


「富子さんの口座なんですが、今後

見た目と実年齢が違っても問題のない

貌に  したいと思っています。

それには女将さんのご理解とご協力が

要るんですが、頼めますかね?」


「勿論さ。」二尾香子は首肯した。









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