第38話 Leviathanの廻航

『根古間神社』の祭禮は、毎年

雪が降る前の、この時期に行われる。


漁師町ならではの海の幸を神社に

奉納するのだが、『濤祓え』が

神との 真剣な対話 だとすれば、

秋の祭禮は人々が感謝しつつ海の

恵みを享受する、その歓喜に溢れる

様を神に 見て頂く のが趣旨だと

以前、宮司から聞いた事があった。


浜では魚や貝を焼く屋台が並んだり

綿飴やリンゴ飴、焼きトウキビや芋、

金魚掬いなんかの出店や、神社の

境内でも『猫魔大明神』の

皆に配られたりもする。



 

「それで…あの魔界から来たという

クリーチャー共が餌を求めて浜を

練り歩くのかよ……マジ怖ぇ!」

「はッ…怖えとか言う割には、なまら

嬉しそうだべや。まあ今年は町の

宣伝も兼ねて大々的にやるっけ。」


 それはもう、特に由良宮司と二尾の

女将の張り切り方が半端ない。


「…それはそうと権堂、聞いたか?」

「何を?」「百目木教授の報告。」

「ああ。ここ暫く例のクラゲの姿が

見えねえだとか言ってたな。」

「まさか『猫魔ホラークラゲ』が

このまま居なくなる、なんて事には

ならねえよな?折角、色々と収益化の

ビジョンが見えて来たのによ。

あんだけ無駄にいたのが、急にいなく

なるなんて事は…。」言うや、藤崎は

窓の外に視線を移す。



『根古間神社』の祭禮に先駆けて、

壱の鳥居付近には既に色取りどりの

大漁旗で彩られている。

 そして、例の クリーチャー の

不気味なオブジェも。やっぱりコレ

どう見ても  だべや。



「あのクラゲは プランクトン じゃ

ねえべ。として、理由はよく

分からねえけど廻遊してるべや。

 以前、大学の調査船がオホーツクで

奴等に遭遇してるしょ。一体の巨大な

水棲生物に見えたって事は、再生の為

この岬を目指していたのかもな。」



 まるで、何かのの様な。

   死 と 再生 の為の場所。



「一般的なクラゲの寿命は一年程度さ。

ベニクラゲに至っては死と再生を一定

周期で繰り返しているべ。そっから

計算して、お前が本州からの飛行機で

見た奴は、大学の調査船が遭遇した

奴とは又別の集団である可能性が高い。

それに、集合体が一つきりなんて事は

ねえべや。」


「ホント、権堂って博識だよな。」

藤崎が又もやまじまじと見てくるが。

「あくまでも、俺の  だべ。

言っておくが、正解でねえからな。」

「どの道、奴等が拠所にしてるのが

だってのは間違いないンだろ?」

「それは間違いねえさ。百目木教授は

ここ最近、群発地震が起きてるから

それが影響してんでないか、って予想

してたっけ。」「…そういや確かに。」


「まあ、俺達も浮かれてばかりでは

いられねぇべ。そろそろ閉店の案内状を

出さねえと。」「…それな。」途端、

藤崎の表情が複雑になる。

「どうかしたか?」「いや、それな。

『KAKEI地域開発♾研究所』が

参入するのを見込んで、当初渡された

タイムテーブルが実質、膠着状態に

なってる。」「…え。」

「いや、誤解すんなよ?権堂。もし

存続するなんて事になっても…それは

暫定的なものかも知れねえ。まして

まだリリースする情報じゃねえ。」

「それは…確かにそうだが。」



結局は。何もかもが不確かな中を

手探りで舵取りする訳か。



「…それもそうだが、権堂。既存の

二尾富子の口座にカードを作る場合

どんな問題が考えられる?

モニタリング以外で。」「は?」

「カード作りたいそうだ。折角ある

口座残高を有効に使いたいんだろ。

それに店が無くなったら、丸々

になる。」「でも…今迄は

死んでたんだべ?」「、な。

だが、金は回って初めて価値を

持つんだ。」「…それは、な。」


「相手は何せ 八百比丘尼ふろうふし だ。

もし今、俺の責任と裁量によって

作ったとしても、だ。 見た目 と 

実年齢 のが合わなくなる。

て事はモニタリングに引っかかる。」


それはそうだろう。だが。


「…なして今までモニタリングに

引っ掛からねえのか。それに、残高

あっても、もうとっくに雑益口座に

なってたってもおかしくねえべや。

『猫魔大明神』の御加護って奴が

働いてんなら、カードも然りしょ。」

「不確実だろ。」藤崎がマトモな事を

言うと何だか調子が狂うべ。


「なら、本人名義の口座はこれを

機に解約して貰って、二尾の

名義で家族カードば出したら良いんで

ねえか?」「…家族カードか。

そりゃ女将は良いだろうが、肝心の

富子にとって納得できるかどうだか。

自分が人身御供になった返礼とか

言ってなかったか?」「ああ。」


確かに彼女にとって 自分自身アイデンティティ の

確立は、何よりも重要であり、今迄

ずっとこいねがっていた事かも知れない。


「…しょうがねぇ、支店長っぽい

仕事するか。」


無駄に精悍な顔で藤崎が言った。









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