第37話 猫魔神社祭禮

俺が本丸から帰って来てみたら、

町がとんでもねえ事になっていた。

高々、一日、二日留守にした間に

一体…何が起きたというのか。


札幌からJRに揺られ『猫魔岬駅』へと

降り立った瞬間、俺は思わず膝から

崩折れた。

        何これ。


相変わらずの無人駅。にも関わらず

まるで、でも始まったかの如き

ド派手な装飾物の数々が、有無を

言わさず俺の目を奪って行く。

 先ずは、海月をポンチョの如く身に

纏った…猫、のようだが肌質が、蛙。

横断幕風に矢鱈とデカい鯨…みたいな

水棲生物の顔だけが…猫。しかも本来

地球上で最もデカい筈の鯨を一口で

食おうとしてる。「…マジで?」


海月と猫との合成生物が其処彼処で

歓迎のをしている。そして

極め付けは、駅舎の入口横に猫等が

組体操で魚を形造る巨大オブジェ。


遥か浜の方には朱い千本鳥居を抱える

陸繋島が茫んやりと霞んでいるのが

見えている。


【猫魔岬】で、間違いねえよ…な。





「…只今、戻りました。」巻貝みせ

自動ドアから店内へと入る。

「藤崎支店長ー!お帰りなさい!」

テラーの下田さん達が嬉しそうに

出迎えてくれた。


「…祭か何かあるんですか?駅に

魔界装飾みたいなのあったけど。

もしかして、猫魔岬ハロウィン?」

俺は土産の箱を渡す。

「うわぁ!これこれ!なッまら

美味しいって噂の木苺とナッツの

タルト!」「…本当だ!なまら

感激だべさ!有難う御座います!」

岡野さんと二人で喜んでいる。

そんな事よか、町全体が不気味に

彩られてんだけど。スルーかよ。


「…それはそうと、権堂の奴は?」

「権堂課長は『猫魔大明神』さ

行ってるべさ。秋の祭禮があるっけ、

駐在の菅原さんや『渚亭』の女将さん

それにウチの旦那も行ってるさ。

 町の名産品やマスコットなんかも

これを機に、もう少し色んな種類を

増やしたいって言ってたべさ。」

「…。」秋祭か…って、マスコット?

「それと、ここ急に地震が多いっけ

防災対策とかも話し合うってさ。」

下田さんは喋り終わると、帆立貝の

形の時計に目を遣る。



あともう少しで閉店の三時だった。



相変わらずの客の少なさは、確かに

削減対象と言われれば致し方ない。

だが『KAKEI地域開発♾研究所』が

この【猫魔岬】を拠点に、大々的な

土地開発をしたらどうだろうか。

そこに例の『猫魔ホラークラゲ』の

有効活用に関わる研究も加わったら。


確かに人が増えれば銀行の役割も

折々に付け出てくるんだろうが、

矢張り 限界 がある。生前よく

頭領が言っていた《元は両替商から

成っとるんやぞ》ってフレーズ。

あれは、まんま  だ。



 どれだけの時間をかけて、人々の

暮らしに定着して来たのか。


そう思うと、付け焼き刃の

どこまで通るかはわからない。それは

最初から予想していた事だ。

小田桐さんの言う通り、銀行は施策を

翻さない。だが、ここ数年で社会に

多大な影響を及ぼす施策が次から

次へとリリースされて、失敗しても

成功したとうそぶかれている。



「いらっしゃいませー!」「?」

閉店のギリギリだが、滑り込みも

だ。「…あ。」下田さんの

表情が俄に強張った。そして、俺に

視線を寄越す。



 二尾富子。しかも猫等を連れて。



「あのぅ、動物のご来店はちょっと。

めんこいんだけどねえ。」岡野さんが

やんわりと注意するが。

「二尾さん。どうかしましたか?態々

貴女が銀行に来るとは。」まぁ猫は

この際、スルーで。

「支店長さんには御礼を言わねばと

思って。それから私にも『キャッシュ

カード』とやらを作って貰えないか。」



 ……え。マジで?


面識あるから俺の裁量で作れるっちゃ

作れるが。絶対にモニタリングで

引っ掛かるよなコレ。何せ江戸生まれ

見た目が十代じゃ詐欺だと思われて

然り。ATMだって最近モニター厳しく

なってるから。かと言って、現状

は生きてるし。


「今日はもう閉店するから、又後日で

いいですかね?ちょっと色々と

本人確認とかも面倒なんで。改めて

伺いますよ。」「そうか。有難う。」

二尾富子はそう言うと、にゃ と

笑った。そして三時の閉店と共に、

フツーに出て行った。




「支店長、あの子この間の…!」

下田さんが言うが。「あの人、女将の

親戚だった。お化けじゃねえよ。」

「そりゃそうさ、でも。生年月日、

間違ってるしょや。」「…それな。」


今度のケースは安易に入力ミスには

出来ない。何せ、彼女は今後もずっと

あの姿のまま、この町の老舗旅館の

『開かずの間』で生きて行かねば

ならないのだから。

 本人は、あれで良いんだろうか。そもそも

この町には来た。それが


どういう訳だが 八百比丘尼 だ。



せめて、少しでも生きやすい様にして

やらねぇと。








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