第40話 大明神の加護

そういや藤崎のヤツ。此処ずっと

過去の稟議書やら事務手続きやらを

難しい顔で調べていると思ったが。


二尾富子名義の口座の属性を

あろう事か、まさかのへと

修正しやがった。



《昔は 猫の口座 も作れたんだぜ?

つまりは、要修正の不備だらけだ。》

藤崎は妙なドヤ顔で、しかしそれは

で粛々となされた。


そもそもが『渚亭』の創業時に作られた

口座であり、属性整備もろくに

行われていなかったものだ。

口座作成時の経緯を記す  が、

『開かずの間』の富子の桐箪笥に

保管されていたのは幸いだった。


明治からこの方、不老不死を生きる

彼女にとって、と本人の

は年を経る事によってどんどん

乖離かいりして行く。

 だが、法人口座であれば。年齢、

つまり創業年数と、それを使う者の

見た目が違っても特に問題はない。

 寧ろ、ATMでカードを使う方が

窓口での余計な確認作業はなくなる。

それこそ、目から鱗だった。


幾ら『猫魔大明神』の加護があると

言っても、人が作ったシステムには

人が責任持つべきだ。そして今やれる

事があるのなら

        今、やっておく。


それは、津々浦々からメガバンクが

撤退する今の状況に於いて、確かに 

やっておかねばならない事 の

一つであり、また俺達のでも

あるのだろう。




「…名義は、まんま『二尾富子』で。

屋敷神 ですが、一応 屋号無し に

しときますね。あと…コレ一応、

法人口座ですから、主な用途は旅館の

あれこれ、って事で。カードが

店に届いたら連絡します。」

 藤崎が来てから矢鱈と利用価値が

出て来た 相談ブース で、その

がイイ笑顔でそう締め括った。


「有難う御座います。良かったべさ

富子様。」二尾の女将が、隣に座る

『屋敷神』に言う。

「御高配、誠に感謝します。」少し

恥ずかしそうに彼女が応える。こんな

表情は見た事がない。「……。」

改めて、こうして見ると至極普通の

少女に見える。


「富子様は実際、ウチらの旅館を

御護り下さる訳だから、此処に時々

奉納として入金させて貰うっけ。」

女将が言うが。

「…この資金は二尾家の、いや香子の

為に使いたいと思っている。私は

普段から充分過ぎる待遇を受けている。

だから、香子の実家の新築祝いや

『渚亭』の修繕等の今後の足しに

して貰えればと思っている。」

「いやぁ、富子様が欲しいものば

先ずは買ってみたらいいべさ。」

「まあ、基本は法人口座ですからね。

経費扱いは女将さんが慣れてると

思うので。」藤崎がそう締め括った。






浜はいつの間にか フェス でも

始まる様な賑わいになっていた。

あちこちに

      例の、クリーチャー。


段々と慣れて来るのか、それとも

何やらでもあるのか。次第に

違和感も湧かなくなって来た様な気が

するんだが…気のせいだべか。



暫くは出張やら何やらで忙しくして

いた藤崎を、俺は飯に誘った。


『海鮮居酒屋海猫』駅前から続く

商店街の外れにある古い居酒屋だ。

見た目によらず料理や酒が美味いのと

毎日の通勤路の途中にある事から

割とよく利用する。

 初めて藤崎を連れて行ってから

奴もすっかり気に入ったらしい。

尤も、料理もさる事ながら、どうやら

店のに興味がある様だ。


「うぉ…やっぱり飾ってあんのか。

このクリーチャー!朝見た時には

なかったよな?」入口に、例の

馬鹿デカい猫魚の垂れ幕と、カプセル

トイのガチャガチャが設置されて

いる。中身は何かと覗いて見れば

『八百比丘猫』。ポーズ、種類、柄の

違う猫達が、全部で何と

ある…?!って、マジか。


「これ!最近SNSで超話題沸騰中の

アイテムらしいぜ?女将の企画力って

想像以上にすげぇんだな。」

言いながら、藤崎がコイン投入口に

小銭を入れる。「それ、コンプリート

超難しいべや。」「おうよ。だから

いいんだろ?流石は女将だ。きっと

筧所長とも話が合うだろ。…って、

えー、これじゃねえか。神社の

手水舎でスゲェ顔で毛球吐いてた。」

カプセルの中には、例のが。

下半身が魚で、上半身は猫のソレだ。


「…なんか、超レア物みたいしょ。

下半身が魚のヤツは確率的に殆ど

出ねぇ、って書いてあるっけ。」

「マジで?!」ガキかよ。大喜び

するな、いい歳して。しかもこいつ、

メガバンクの支店長だろうが。



「…きっと『猫魔大明神』からの

御加護があるな。」

言うや藤崎は端正な顔に笑みを

浮かべた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る