第25話 濤祓の儀

「……。」だからって、何でそう

なるんだべ?

 俺は貝の形の待合ソファを引きずり

ながら、心の中で毒づいていた。

この 白い貝殻モチーフ のソファを

向かい合わせにセッティングするのは

かなりの労力を伴う。


大体、会議だって各自の机にいて充分

事足りる様な店だ。時々、打合せで

本部やエリアから人が一人二人と来た

所で、そんなに気を使う事もねえのに。


待合ソファには百目木教授とその助手

二名。もう一つに由良宮司、菅原巡査、

そして事もあろうか、二尾富子あのおんなが座る。

藤崎は丸椅子を態々二つ持ってきて

その一つに腰掛ける。そして俺にも

着席を促す。


一体、何のなんだべコレ。


既に閉店の三時を過ぎて、現送の

持ち出しも終え、他の職員も既に

帰った店内で。



「だから!来月は特別重要な神事が

あるっけ。岬周辺の浜を閉鎖なんか

したら、なまら大変な事になるべ!

全く…何度言えばわかるんだ?」

口火を切ったのは由良宮司だった。

どうやら二百十日の『濤祓え』に

百目木教授の調査が被るんで揉めて

いる様だ。


「まあ、落ち着いて聞いてやれや

宮司。先生等も、来月の『濤祓え』の

当日は作業をしない様に調整するって

言ってるべ?」菅原巡査が如何にも

取りなしをする。


「何を言うか、菅原さん!神事には

事前の潔斎が重要だべや。毎年この

『濤祓え』には新月までの一週間の

潔斎と浄海が必要さ。アンタもここ

長いんだから、知ってるしょ?」

由良宮司は菅原巡査に反論するっけ、

それ彼に言っても仕方がねぇさ。


「つまり、その『濤祓え』の儀式の

前後一週間程度、調査を中断して

頂ければ丸く収まるって事ですよね?」

又、藤崎が余計な事を。お前が入って

どうする?此処は  が基本だべ。

「… 。」俺は奴に視線を送る。

コイツが只の大馬鹿野郎じゃねえのは

分かっている。分かっているだけに

なのだ。


「年に一度の大切な神事というのは、

それを逃すと丸々一年を不安の中で

過ごさなければならない。菅原巡査は

警察官として特に町の安全には心を

砕いていらっしゃる。矢張りこういう

験担ぎって、あるんでしょうね?」

藤崎が如何にもの顔で菅原巡査に振る。


「も、勿論ですよ。」菅原巡査がまるで

何か モノ でも見る様な顔で

奴の無駄に端正なツラを見る。

「…私も歴史ある『猫魔岬支店』最後の

支店長として是非、拝見したいんです。

 それに、今回東京から【猫魔岬】の

ポテンシャルを見て貰う為に都市設計の

専門家、その道の  を招待する

約束になっているんです。【猫魔岬】が

持つ歴史を大事にしつつ未来へ繋ぐ。

古い伝統にも大変理解のある方です。

 私と致しましても縁あってこの町の

支店長に就任した以上は、矢張り

この魅力ある町を寂れゆくままにして

おくのは看過できない。」


一同、此処で拍手。


「…そういう事なので、難しいとは

思いますが、何とかなりませんかね?

百目木教授。」

藤崎が爽やかな笑顔を作りながら言う。

これ、絶対に筧地所の会長の事だべや。

しかも、このツラでキラキラした笑顔。

ていうか、何だべやコイツ?!


「流石は支店長さん!本来なら公開で

やる様なモンでねぇが、構わねえさ。

なあ、龍弥さん!」「えっ…俺?!」

突然、宮司がこっちに振ってくる。

「お、おう?」ていうか、いいのか?

『濤祓え』は秘儀だべ。俺だって見た

ことねぇんだけど。


話が纏まりかけた、いや、藤崎が

半ば強引に持って行った。そう思った

時だった。まあ、考える迄もないが。


「これは既に全行程キッチリ決まって

いる事なんです。」今まで黙っていた

百目木教授が言った。

 工程が細かく決められているのは

言うまでもない。国が絡むって事は

融通なんか利く訳がない。

始まる時も終わる時も、それは突然、

晴天の霹靂の様に降り注ぐ。理由なんか

後付けされる事すらあるのだから。


「…確かに、海の荒れる時期の調査は

危険も伴いますし。出来れば御意向に

添いたい所ではありますが、官学共同の

調査になるので、私の一存でどうなる

ものではない。それに、新月は特に

重要なのです。」

「そったら事!こっちも百年以上の

歴史がある大事な安全祈願の儀式だべ。

アンタ等の調査にも関わる事さ!」

宮司が又もやエキサイトする。


「ひとしにが、でますよ。」


一瞬にして店内が冷えて行くのが

俺にも分かった。いや、実際に店内の

温度が下がっている。



人死にが、出ますよ。


今まで黙って座っていた二尾富子が

漸く口を開いた。











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