第49話 『◾️◾️◾️◾️』

嘗て【猫魔岬】を大津波が襲った。

奇跡的に一人の死者も出さずに済んだ

ものの、稼働間近だった灯台が地震と

波とをもろに受け、特に機械系統が

再起不能な迄に損壊した。



「…当時、この『猫魔大明神』には

宮司が居なかったんだべ。昭和の

初期の事だから、支店長さんはまだ

生まれる前でねえかな。って、オレも

生まれる前だべや。」「はぁ。」

「オレがさっき詠唱してたのは、実は

『根古間神社縁起』の五十巻目の末付。

明神様に祝詞さ。」

「…そんなの、あるんですか?」


ていうか、ソレもう『神社縁起』じゃ

なくて『魔導書』だろ。


「おう。見せてやるっけ『宝物庫』さ

行くべ。火ぃ消えたのは良かったが

今度は急に寒くなったべや。」

由良宮司はそう言うと、社務所の中へ

俺をいざなった。





既に火の手は境内にも回っていたし、

焔の熱さを直に感じてもいた。もう

駄目だ、と。マジでそう思った。


 ところが、


動物っぽい 鳴き声 が聴こえて

空から白銀の光と共に、この境内の

ど真ん中に  が落ちて来た。


         その瞬間。


あれ程までに燃え盛っていた焔が、

まるで嘘の様に消えてしまった。

そして空から落ちて来た 何か も

跡形もなく消えていた。



これを  だとか。そんな言葉で

表すのはきっと、もっとずっと後に

なってからだろう。


「…。」俺はふと『網元屋敷』にいる

奴等の事を想った。





社務所には、宮司の居室の他に、

『根古間神社』に関わる文献や宝物

などが厳重に保管される 宝物庫

実際にはに見える部屋があった。

 扉こそ木で出来ていたが、漆喰で

固められた壁の内側は凡そ六畳半の

ごく普通の和室だ。


代々 の氏 と共に引き継ぐ

『根古間神社縁起』五十巻。

俺が初めて此処に挨拶に来た時に、

一巻のサワリだけは見せて貰った。

《赤児の鳴きたるが如き…云々》って

ヤツだ。魚の皮の様なもので作られた

表紙の、古い書物。それが全部で

五十巻もあるとは正直、意外だった。


「本来ならこんな小せぇ無格の神社に

宮司ば置く、ってのはナンセンスかも

知れねえ。だけど 由良 の氏と、

この『根古間神社縁起』とは絶対に

セットでなきゃなンねえべ。でねぇと

猫魔大明神さまと人とを繋ぐもやい

切れてしまうんだ。」「神と…人とを

繋ぐ舫ですか。」「そうさ。本当なら

猫魔大明神様は北の 海神 だべや。

海ン中が守備範囲しょ。

だが、あの灯台は後に人が造った物。

それ等も含めて御守り頂きたい、って

いう…機微?それをお伝えすンのが

由良の役目さ。」


「……?」ふと、表の方から声が。

「龍弥さんだべか?」「…確かに、

権堂っぽいですね。あと、菅原巡査?

探しに来たんですかね…。」

「おーい!入って来ーい!」宮司が

大声で叫ぶ。「ちょっと俺、様子みて

来ますよ。」俺は自分の口許が緩むのを

感じながら立ち上がると、社務所の

玄関へと向かった。




表は『猫魔ホラークラゲ』の紅い光で

相変わらず不気味な明るさだった。



「藤崎ッ!」「おう、権堂課長マジで

お疲れ!イイ仕事したじゃねえか。」

今にも泣き出しそうな顔の権堂に

うっかりつられそうになりながらも

面白さの方が少し優った。


「へらへら笑ってンなッ!どんだけ

心配したか!分かってんのかテメェは!

本当に…!こんな大馬鹿野郎は…。」

権堂はそう言うと、両手で顔を覆って

その場にヘタッと屈み込む。


「いやぁ、良かった。町の人達も皆

無事です!『渚亭』に全員避難完了

してますっけ。」代わりに菅原巡査が

弾んだ声で言う。

「菅原さんのお陰ですよ。こっちも

何だかよく分からないけど、流れ星が

境内に落ちて。そしたら、一瞬で

火が消えちゃって…。」「あれも

【猫魔岬】を護るモンですっけ。」

「あれも?」「白いキタキツネさ。

この境内に塚があるしょ。大明神様の

眷属です。」菅原巡査はそう言うと

何故か誇らしげに胸を張った。


「おーい、いいから入って来い!」

由良宮司の声が社務所の奥から

聞こえる。「…ともあれ、社務所は

倒壊の心配は無さそうですし。一旦

入りましょうか。」俺は二人を

社務所奥の『宝物庫』へと促した。

 




「…五十巻の最後の方に…これさ、

サッパリ意味わからねぇべ?」

 由良宮司はと言いながら、

魚の皮で装丁された 魔導書 もとい

『根古間神社縁起』を俺らにも

見せびらかして来た。本来は余人の

目に触れるものではないという。



◾️◾️◾️ふぬぐぅうぃ ◾️◾️◾️◾️うぐるぅあふ 九頭龍

螺湮宮 ◾️◾️◾️◾️うがぅなぐる ◾️◾️◾️んぁぐん?」


「ソレどっかで聞いた事あるべや。」

権堂が言う。「…いや、そんな訳

ねぇべ!?」宮司が俄に色めき立つ。




ところで『猫魔大明神』って。

 一体、どんな神様なんだろうな。








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