第50話 再生への礎
【猫魔岬】の復興と活性化事業が
相乗して始まった。
本格的な工事こそ、来年の雪解けを
待って始められるものの、今回の
震災に対する復興の為、町は
活気付いていた。
『KAKEI地域開発♾研究所』の
新規事業として正式に認可された
【猫魔岬】へは、筧所長本人以下
柿崎秘書を筆頭に総勢三百人を超す
社員とその家族が、段階を踏みつつ
流入して来るだろう。
それ程広い町ではないが、土地だけは
無駄にある。近隣の町も巻き込んでの
活性化計画は、各方面からも概ね
歓迎されている。
日本海を震源とする地震、それに伴う
津波に襲われても尚【猫魔岬】の町は
護られた。そして、菅原巡査の迅速な
対応と老舗旅館『渚亭』の全面協力に
よって、人々は無事だった。
町の シンボル とも言える陸繋島は
かなりの範囲が山火事で焼けたものの
『KAKEI地域開発♾研究所』専属の
樹医や専門家による調査の結果、
免れそうだという。
『猫魔大明神』『屋敷神』『天狐』
神々に護られた北の小さな漁師町
【猫魔岬】の 奇跡 は、決して公の
報告書には乗っては来ないだろう。
けれども俺らは、この町が確かに
神々に護られている事を知っている。
そして、また冬が来る。
「…なぁ、権堂。ちょっといいか?」
支店長机の藤崎が俺を呼んだ。
「?」奴の机も何処となくスッキリと
片付いている。「やっぱり今更だけど
正式に通達来たわ。撤退、だとよ。」
「……。」それはもう既に何度も
シミュレーションして来た、一つの
パターンだった。
「途中になってる挨拶状、出さねぇと。
まあ、予想はしてたさ。」筧の参入で
ワンチャン残るのかとも思ったが。
それを言っても仕方がねえさ。それに
もう既に、この町は
なくても充分過ぎる程やって行ける。
「なあ権堂。オマエ、異動先どっか
希望とかある?何とか俺が捩じ込んで
やるよ。」藤崎は淡々と言う。
今年は夏が異常に暑く、いつまでも
高気圧が日本列島に居座ったせいか、
今時分ならもうとっくに雪景色に
なっている筈が、そんな気配もない。「……。」「何だよ、言うだけは
タダなんだから、言って損はねえよ。
ま、どうなるかは分からないけど。
でも、俺がガチで獲りに行くから。」
妙に優しい藤崎が、少しだけ寂し気に
見えた。
「俺、辞めようと思うっけ。」
「…そうか。」藤崎の顔に全く動揺は
ない。只「で、辞めて…どうする?」
少し寂しそうに見えるのは、俺の気の
せいとかではないんだろう。
「この町に残るさ。」それ以上は何の
考えもなかった。
あの震災で、想像していたよりも
遥かに沢山の『猫魔ホラークラゲ』が
【猫魔岬】を中心に、北海道西岸に
押し寄せた。そして彼等は地震の
余波が収まるのとほぼ時を同じくして
消えて行った。
『ベニクラゲ』の近縁種というから
その生涯を終えたという事だろう。
『ベニクラゲ』は一個体が平均で
九回程度の再生能力を持つという。
この町を津波から救った奴等が又、
何処か遠い海の底で、静かに再生の
礎を築いている。俺はそう信じたい。
ヒトもクラゲも。そんなに弱くない。
何故なら、この長いながい地球の
歴史の中で、今もこうして生き残って
いるのだから。只それも、この雄大で
畏ろしい大自然の中の、ほんの
一幕にも満たないのだろうが。
「いらっしゃいませ!」そんな事を
考えていたら、客が来た。下田さんの
やけに明るい声が俺を 今 へと
呼び戻す。
「どうしたんですか?お揃いで。」
藤崎の間抜けた声に振り返ると、
筧所長と由良宮司、それに加えて
二尾富子の 異色トリオ が店内に
入って来るのが見えた。
「いやあ、
本格的な冬到来だ。」筧所長が両手を
擦りながら言う。こっちの方言を何の
気負いもなく使う彼はもう、すっかり
【猫魔岬】に馴染んでいる。
「本当ならもう辺りは真っ白に雪さ
積もってるべや。今年は夏がバカほど
暑かったっけ、冬が遅れてるしょ。」
由良宮司が続く。「いや、じきに
雪は降る。」二尾富子が中に入って
取り持つが、見ていて微笑ましい。
「まだ復興途中だから…忘年会、と
迄は言わないが、慰労会を『渚亭』で
小ぢんまりやろうという話になってね。
忙しいとは思うが、どうかね?」
「有難う御座います!」藤崎、即答。
「いつですか?出来たら早い方が
有り難いんですけどね。」「ああ。」
多分、年末にはもう。
「十二月は神社もなまら忙しいっけ、
そんな先じゃねえさ、今週末にでも
やるべや!」由良宮司が言った。
「そうだな、宮司。それがいい。」
「香子には私から話しておこう。」
そして富子が、にゃ と微笑った。
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