第48話 天津狐

新月の昏い空に


     白銀の 流れ星 が。



真っ直ぐ鋭い直線を描いて、明々あかあか

燃え盛る岬の陸繋島に


         落ちた。


それは、余りにも畏ろしく神々しい

光の奔流。とは、到底

思えなかった。


真っ白な光に包まれた陸繋島は、

島全体に広がり激しく燃え盛っていた

赤い火焔を



一瞬で鎮火した。





天津狐あまつきつねか…。」筧所長が口を開く。

「…あまつ……キツネ?」菅原巡査が

尋ねる。確かに、聞いた事もない。

「如何にも、天津狐は  の

神通力を持つと言われている。別名を

天狐てんこ』とも言うね。

 江戸時代の書物では、長く生きた狐が

修行を経て、野狐、気狐、空狐、そして

最も霊力が高く神の領域にまで達した

ものが 天狐 と成るそうだ。

それは天狗と混同される事もあるが、

まさにとして表されると聞く。」


「確かに、あの鳴声。どっかで聞いたと

思ったっけ、キタキツネだべさ。」

二尾の女将が言った。

「…キタキツネ。」菅原巡査が呟く。

「稲荷大神は日本人には最も身近な

神だ。五穀豊穣、商売繁栄、開運招福

そして、あまり知られていないかも

知れないが、火防ひぶせの守護神としても

信仰されている。それにしても…この

【猫魔岬】とは…一体、何という…。」

筧所長が溜息と共に言う。



モニターの中には、暗闇で紅く光る

壁の様な波が、新月の宵闇に幻想的で

不穏な光景を映し出している。

 それも次第に高さを縮めて行くのが

皮肉にも、壊れた灯台が 目印 となり

実感出来た。


ともあれ、危機は回避されたのか。

「……。」俺は漸く長く息を吐いた。



「取り敢えずは…向こうも大丈夫と

いう事ですかね。」菅原巡査が、誰に

言うでもなく呟く。「大丈夫さ!」

女将が 屋敷神とみこ を見る。


「此処は、日ノ本に於ける北の最果て。

だが元々は、神代よりも遥か昔から

ふるい神々の座す土地ではあったのだ。

森羅万象に 神 は宿る。それに比べ

人の歴史の何と浅い事か。

私もまだまだ真の 神 には至らぬ

故、更なる研鑽をせねば。」


「いや、貴女が居てくれなかったら

我々は…。まさに守り神です。実際

外は今もまだ余震が続いている。」

柿崎秘書がiPadから視線を上げる。

「柿崎さん、それ繋がりますか?」

「ええ。これは地上の中継地では

なく衛星を介していますから。尤も

非常時だけですがね。政府も早々に

動いている様です。」言いながら

柿崎秘書は俺らに画面を見せた。

一方 液晶テレビの画面 からは

藤崎や宮司の姿は伺えない。



藤崎なら、絶対に上手くやるさ。



「そういや、女将さん。旦那さんは

大丈夫だべか?」菅原巡査が尋ねる。

『渚亭』の主人である二尾謙介は

旅館業組合の常任理事で、一年通して

殆ど道内外に出張っている。

「ああ、それなら大丈夫だべさ。

ウチの人なら今、沖縄にいるしょ。」

「まじで?」「謙介ならば心配ない。

私が夢枕に立ち、こちらの様子も

伝えよう。」富子が言う。


この娘は、矢張り 神の係累 には

違いない。明治時代に人身御供として

【猫魔岬】に来て以来、ずっと

この町の栄華を願いながら趨勢を

見続けて来た。







未だ余震が続く中、俺は『渚亭』の

玄関にいた。足元の非常灯が淡い光を

茫んやりと放つ。


山火事が収まったというのに、

藤崎達は戻って来ない。ましてや

眷属らの視界にも入って来ない事に

嫌でも不安は掻き立てられた。



「権堂さん。」


突然、声をかけられてハッとする。

「自分も行くべ。街灯も信号機も

だべや。」「…菅原さん。」

「町の被害状況も確認したいっけ。」

「すみません。」「いや、なんも。」

菅原巡査は懐中電灯を一つ寄越すと

先導する様に表に出た。


町は、だった。それでも

岬の白い灯台の背後に紅く光る

『猫魔ホラークラゲ』の幻想的な光に

思わず背筋が寒くなる。

 それは 自然 に対して人が持つ

だろう。

『猫魔ホラークラゲ』は、比較的

自然界に見られる『ベニクラゲ』の

近縁種であるという。


 ならば、この形態の崩壊は彼らの

 を意味する。


  を繰り返す、彼等は。



「権堂さん。」暫くは無言で歩いて

いた菅原巡査が口を開いた。

 いつの間にか足下が浜の砂に変わり

『猫魔大明神』の 壱の鳥居 の

変わらぬ威容が目の前にあった。


「自分がこの町に赴任した年の、丁度

雪虫の飛ぶ頃に。この鳥居の下で

 白いキタキツネ を見つけたさ。」

彼の言葉には優しい懐かしみが篭る。

「でも、死んでたんだわ。」「…。」

「一生懸命に頑張って、ここまで来て

それで遂に力尽きたんだべな。

『猫魔大明神』様は寛大な神様でよ、

他所から辿り着いた獣の死穢も全て

承け容れてくれたさ。」「……。」

「あの白い光は、もしかしたら、

白いキタキツネの恩返しでねえかって

何だか、そう思えるんだわ。」







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