第47話 由良の末裔

参道は石造りだったのが幸いしてか、

焔に行手を阻まれる事はなかった。

「…はあ…はあ、はぁ。流石に…全力

ダッシュの…石段登りは…キツ…。」



行きは良いけど、帰りは 怖い。


チンタラしてられねえ。それにしても

由良宮司、あんだけのデカい地震が

ありゃ、気がつくと思うんだが。

 「…。」俺は、悪い方へと思考が

向かうのを戒めた。まだ、焔は山の

周りの地面を焼いている。もう、

目の前には 石の狛猫 が見えた。


 腕時計を見る。「三分…か。」


権堂の概算では約、十分。日本海が

震源地ともなれば、津波が着岸する

時間は短くなる。加えて、一波が

退いても、更にデカい二波、三波が

それこそ怒涛の如く襲い掛かるだろう。

いや、それ以前に地震で倒れた篝火の

焔が乾いた山肌を燃え広がってゆく。


「…ッ。」俺は再び境内を走った。



「宮司ッ!由良宮司!」社務所の

玄関で叫んだが、返事はない。

同時に、地震の影響も思った程は

ない様子が見て取れた。

 非常事態だから勝手に上がらせて

貰うが、社務所の中はがらんとして

人の気配どころか猫一匹いない。



元は  だった。



俺は踵を返して、社殿を目指した。

「…ッ。」何やら 人の声 がする。

大声で叫ぼうとして、結局それは

声にはならなかった。



 浄闇じょうやみの中、そこには祭文を朗々と

詠み上げる 由良智治宮司 がいた。



「宮司、申し訳ありませんが。」


  だ。


「支店長さん…してこんなトコさ

いるべか?!」酷く驚いた由良宮司が

次の瞬間には表情を引き締める。

「町の連中は、もう避難したかい?」

「ええ、後は宮司さんだけです。しか

状況はかなりヤバい。もう直ぐそこ迄

火が迫ってます。津波もあと一、二分

程で到達するでしょう。」言いながら

俺は、次第に 焦燥感 が収まって

行くのを感じていた。


権堂は、上手くやってくれる筈だ。


此処【猫魔岬】には高台などない。

あるとするなら、この陸繋島だろう。

遠くに逃げるにも時間はなかったし

ここはでも 屋敷神かのじょ に

助けて貰うしか手立てはなかった。

 幸いな事に、二尾の女将も屋敷神

本人も、二つ返事で町にいる人々の

を約束してくれた。



「支店長さん、こっちさ来てみろ。」

由良宮司が、俺を社殿の裏手へと

誘った。嘗て起きた海底地震に因る

大津波の防波堤となって、半ば

壊れた白い灯台。


       その、背後に。



「…これ……まさか。」


   鳥肌が立った。


津波は、もう既に到達していたのだ。

規模にして高層ビルの上層階の高さに

匹敵する大津波が、灯台の

背後で紅く光っていた。



 『猫魔ホラークラゲ』



「『猫魔大明神』様の御加護だべ。」

「……。」「この岬は古くからずっと、

それこそ神代の昔から今に至るまで

『猫魔大明神』様の座す神域さ。

 とはいえ、不可測周期で太平洋の

到達不能点周辺海域ポイント・ネモとを行き来するべ。

どういう訳だか知らねぇが、オレら

 を名乗るモンが代々奉祀する。

それは昔から決まってるべや。」

「…代々……ですか。」「そうさ。

だが血筋とかは関係ねえよ?実際

オレは 養子 だっけよ。」



由良ゆら』という氏は元々は小野篁おの たかむら

流れを汲む 小野氏 の子孫であり

古くは陰陽道にも通じている。確かに

そんな話を以前、どこだかの顧客から

聞いた事があった。


 つまりは宮司も又、咒家系の。



俺はそこまで頭を巡らして、そして

ハッとする。


「津波は何とかなったけど、火が!」

いつの間にか、更に火勢が増している。

このままでは社殿に燃え移るのも

時間の問題だ。


「…どの道、此処にいたら危険です。

どっかに島から抜けられる秘密の

抜け穴みたいなの、ないんですか?」

「…確かに島は岩礁地帯に毛が生えた

様なモンだべ。洞穴ならあちこちに

あるっけ…。」言って宮司は暫し

考える素振りを見せる。


「…お!あるっちゃ、あるべや!」

「マジ?!」「おう、島の裏側つまり

この下にある殿の横ら辺に

あるしょ。『濤祓え』の時に偶然、

見つけたっけ!」「急ぎましょう!」

「…。」だが、由良宮司は黙り込む。

「宮司?」「藤崎支店長、行けや。

オレはこの神社を任されてるっけ。」

「はッ?ナニ言ってんですか!」

焔は既に境内の神木に迄迫っている。


「参道を降りたら、壱の鳥居とは

逆側に走れ。細い道だが、あの辺りは

まだ火の手は無ぇべ。」「宮司ッ!」

「オレは先代の養父おやじから大事な物ば

預かってるっけ。『根古間神社縁起』

全五十巻、これはが徹底

管理せねばならねえ!焼失すんなら

オレ諸共だべや!」

「…そんな…意味わかンねえッ!」

言った瞬間。



     甲高い 叫び声 が。



同時に、辺りがまるで昼日中の様な

真っ白い光 に包まれた。


そして、今まで猛然と燃え盛っていた

焔が一瞬で


       消えてしまった。








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