第15話 呪いの網元屋敷
初めは俯き加減だったから、顔は
分からなかった。綺麗に切り揃えた
ストレートの黒髪が、いい感じに
表情を隠してたっけ。
だか、俺が差し出した 名刺 を
受け取った手が異様に白くて、思わず
ギョッとしたのだ。まるで光の殆ど
届かない海の底から上がって来た様な
生っ白い指、そして顔を上げた時の、
黒目勝ちの猫みたいな瞳に、紅い唇。
にや、と笑った顔の凄まじさには
思わずゾッとした。
とてもじゃないがアレが 人 とは。
この【猫魔岬】に来てからかれこれ
七年以上は経つが、あんな女は見た事が
ない。しかも、座っていた椅子の上に
まるで何処かで聞いた 怖い話 ばりの
お約束が…。
「…で?『猫魔大明神』の由良宮司に
お越し願った、と?」藤崎がいかにも
呆れた顔で眉を顰める。「ま、まあ。
そういう事になるべ、か…な。」
確かに、かなりテンパった。だからつい
宮司に連絡したっけ。「せめて業後に
しろよ。オマエはいいかも知れねえが
一応ここ、三時迄客が来るんだから。」
「…なまら申し訳ない!」仰る通り。
パーティションで仕切られただけの
相談ブース には、俺が呼び付けた
由良宮司が座る。あの女の座ってた
椅子だけど、既に下田さんが拭いて
くれていた。
「やっぱり、お化けなんでないかい?」
客が来ないのを良い事に、下田さんが
要らぬ見解を挿んで来た。
「…それな!千八百五十年生まれって
事は、だ。今…百七十四歳?ねぇわ。」
藤崎が、やけに真面目な顔でそれに
答える。
「いやだ、金額ばっかし見てたっけ!
生年月日とかは見てなかったべさ!
あはははは。」奴は兎も角、まさかの
下田さんの豪傑振りに、俺はもう
黙るしかない。
「…いや、笑い事じゃないですよ?
コレ、どう考えたって死んでンのに
雑益にも入らず。しかも、まさかの
出入りがある、って。モニタリング、
何で検出しなかったんだろ?しかも
それを下ろしに来た若い女。普通に
考えると、マジで犯罪臭いよなぁ。
フツーに考えると、だけど…。」
藤崎は意味深に言いながら、無駄に
整った顔を由良宮司へと向ける。
「何でも【猫魔岬】の親戚の新築の
祝いだそうです。宮司、それどういう
コトだかわかりますか?」
「いやあ。ここ暫く新築とかも聞いて
ねえべなぁ。そったら事あったら先ず
オレが呼ばれるべ。」「ですよね。」
「二尾って事は、『渚亭』の親戚か
何かだべか?」何とかして話の流れに
乗っかりたくて、俺も口を挿む。
「俺、今まさにその 網元屋敷 から
帰って来たんだけど。百目木教授等は
もういなかったが、女将さんがめっちゃ
話し好きで。色々と話はしたが、改装
するとかは言ってなかったよな…。」
藤崎はそう言うと又、考え込んだ。
ヤケに白々とした昼下がりだった。
まるで無風の、
あの女が来てから、客足はパッタリ
止まっていた。普段から来店が多い
訳じゃなかったが、店内にある
ATMを利用する客はコンスタントに
来てはいたのだ。
「…元々、此処らの漁師達を束ねた
網元だったべ。それが不漁続きで
仕方なく陸に上がって旅館『渚亭』を
始めたんだ。」由良宮司の声がやけに
白っぽい貝殻染みた店内に響く。
「マジで網元屋敷だったんですか?!」
対して藤崎が素っ頓狂な声を上げる。
流石に 恐怖!呪いの〜 は無しか。
「その、二尾富子って名前。どっかで
憶えがあるべと思ったっけ…そうさ、
『猫魔大明神』に捧げられた最後の
『柱』と同じ名前だべや!神社の
記録に書いてある。それに『渚亭』が
創業したのは明治に入ってすぐだべ。」
「マジですかッ?!」案の定、藤崎は
大喜びだ。
だけどそれ、もし 本物 ならば
全方位的にヤバい。
「やっぱり、お化けしょ。」下田さんが
更に言う。「だべ?その、二尾富子が
『猫魔大明神』さ捧げられて網元一家は
立派な旅館さ建てたっけ。その事を
意味してんなら、辻褄は合うべ。」
「…だけど宮司さん。あの女の子。態々
お祝いのお金出そうとして来たしょや。
恨んでる風でなかったよ?しかも最初、
新券で欲しいって言って来たっけ。」
「だとしても、なして今なんだべ?」
「マジでそれ!解せねえよな。何も
態々俺の任期に合わせてくれなくても
いいのによ。」藤崎の奴。そうは言う
ものの、やけに嬉しそうだべ。
「化けて出るにしても、なして銀行さ
出るんだべか?ねぇ、支店長。」
「いや、それな。」
「…ウチが、無くなるからだべか。」
それ以外に考えられなかった。
もし。いや、あの女が 何 であれ。
一体、何がしたいのか。
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