第4話 逆参り
かつて程の 賑わい こそないにせよ
【猫魔岬】は今も漁業の町だ。
鄙びた町とはいえ、コンビニは勿論の事
旅館、病院、スーパーに呑み屋。それに
矢鱈と見かける魚屋。一方、最近の
風潮なのか、家電量販店なんかもある。
しかも北海道の人って、
『猫魔岬支店』の課長
あのヤベえ見た目と名前にも関わらず
何から何までを全て一人で熟せるような
ハイスペックな奴だった。
店の事務を担う下田さんと岡野さんは
何方もウチに長く来ているベテランで、
守衛採用されてンのに出納までやってる
高柳さんは元自衛官。定年後の再雇用
らしい。正に少数精鋭。
『猫魔岬支店』が無くなれば、客は
当然、最も近いサテライトブランチを
利用する事になる。
但し、今日びインターネットを介した
ダイレクト手続きも充実して来ている。
冬場の雪深い土地には既に浸透している
状況もあって、ぶっちゃけ半年後の
閉店に向けての作業も楽勝に思えた。
一方で、俺の前任店長が着任から半年も
経たず姿を消している、という事実。
それも 初めての事 ではないらしい。
無事に勤め上げて異動した店長もいるが
途中で 消えた ヤツも一人や二人じゃ
きかねぇ、って。
もろ 曰く付き支店 じゃねぇか。
俺、マジで殴り掛かるかも…。
これ、殴ってもいいよな?
そして俺は今、悪趣味な 巻貝 もとい
『猫魔岬支店』の奥にある支店長室、
パーティションで区切っただけの、
所謂ちょっとした 談話コーナー で
土地の 有力顧客 と面談していた。
【猫魔岬】は湾の端の
神社を中心に、明治の頃までは
漁村として栄えて来たという。
「…で、その『
一体どういった神様なんですか?」
これは俺の個人的な好奇心からだ。
猫魔 だなんて、妖怪ならば兎も角、
聞いた事もない。
「海神である『
言うんだけども…それは通説であって。
実は俺も 何 を祀ってるのか、よく
分かってねえべや。ははは。」
通称『猫魔大明神』と呼ばれている
『
そう言うと悪びれもせずに笑った。
齢は五十代の後半ぐらいか、六十には
届いていないだろう。
新任の俺を紹介する貌だから、当然の
顔で、権堂龍弥が隣に並ぶ。なんか
スゲェ絵面だってのは自覚してる。
「だけど新しい支店長さんが来られて
良かったんでないかい?しかも若いから
きっと相当な遣り手っしょ。なあ。」
由良宮司はそう言うと、俺の顔をまるで
舐める様に見る。「…いえ、まあ。」
微妙な愛想笑いで適当に誤魔化すが、
ぶっちゃけキモイんだけど。マジで。
「でもなぁ、こったら所が初任じゃあ
気の毒だべ。古くから 人身御供 の
風習があった土地っしょ。」
「マジですか…?!」なんか急に
パワーワード来たけど、この宮司。
俺の顔、そんなに見なくてもいいだろ。
「明治元年の御一新で新政府から
禁止されるまでずっと続いてたべ。」「……。」権堂は何も喋らない。
何か、気まずい空気になるじゃねえか。
テメェも何か言え、そんな気持ちで軽く
脛を蹴ってやる。「…?!」化け物でも
見る様な顔すンな。そして、露骨に
俺のコト見てんじゃねえよ。
「人身御供って…一体どんな?」まぁ
ヤツの事はこの際どうでもいい。何か
トンデモな パワーワード の方が
寧ろ気になる。
「新月の晩に神社で祝詞を唱え、生贄を
海へ連行するべ。したっけ、沢山の猫の
鳴き声みたいな
響いた、って記録があるべや。生贄と
引き換えに、その年の豊漁が約束される
訳だな。その名残だか、新月の夜に
篝火焚くのは、此処らのイベントさ。」
「なる程。」「…まあ、支店長さんは
来たばっかだから未だ見た事ねぇしょ?
新月の夜に、鳥居の間に篝火焚くんだ。
なまら重労働だべや…なあ?」
由良宮司が、黙んまりを決め込んでいる
権堂に振る。
「…新月の暗闇で、夜風に当たる筈が
海に嵌るヤツがいるからさ。今じゃ
注意喚起の要素が強い。」権堂が言う。
コイツ、見かけによらず口下手か?
見た目、ススキノホスト なのに。
「浜から神社へ詣でると思ってる奴が
多いんだが、あれは逆だ。参道は、
神社から海へと続いてる。」
「へぇ、じゃあ何も知らない俺らは
逆詣りしてんのか?」「ああ。でも
それで良い。偶に近隣から海水浴でも
しに来てさ、夜に神社の鳥居の灯り
見て、夏の思い出にでもしてくれたら
それでいいべ。」
権堂はそう言うと、再び口を閉ざして
しまった。
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