第5話 螺鈿怪談

「何か全然、閉店の話にはならず。」


支店長席で アイツ が言った。

多分、俺に言ってるんだろう。それは

わかるが。


この支店随一の大口顧客でもある

『猫魔大明神』の由良智治宮司は

新任支店長に興味津々だった。それは

無理もない。あのでは

興味を持つなという方が無理だろう。


「しかも、商売の話にもならず。」


明らかに、こっち見てる。だが、別に

俺に振られた訳じゃない。無視だ無視。

と、思っていたら。

「…なあ、権堂課長?」…げ、来た。

「何ですか。」出来るだけ淡々と応える

が、未だに一瞬コイツを何て呼んだら

いいのか、と考えてしまう。


「鳥居の間に篝火焚いてライトアップ

するのって、新月だけのイベントか?」

意外にも奴はそんな事を聞いて来た。

「ああ。まあ、そうだな。天候にも

依りけりさ。雨や冬場はしねえ。」

「見てぇよなあ!」「…新月になりゃ

観れるしょ。」「生贄って事は、その

『猫魔大明神』に捧げられる、って

事だよな?属性とかはどうなんだ?」

「属性?」「そうだよ。例えば子供や

未婚の女性とか。何かそういうお約束

ねぇの?」「…お約束。」


この男の感性が、よくわからない。

仕事は相当出来ると聞いてはいたが、

どう見ても、そうは見えない。寧ろ

仕事に託けて遊んでいる様に見える。

まあ、実際には閉店までにやる事も

そう多くはないが。


「…属性というか。まれびと信仰、って

言っても分かり辛いとは思うけど。」

「つまりは、コミュニティから来た

奴か。何か不穏だよな。」「え?まあ

ソレだべ。割と物識りなんだな。」

「常識だろ、それ。今何買うか、って

聞かれたらワンチャン『NYダウ』って

ぐらい常識じゃねぇか?あと、俺は

から宜しく。」

奴はそう言うと何やら考え込んだ。



新月にはまだ間があった。



陸繋島の山肌に連なる鳥居が篝火に

朱々と光る 幻想的な光景 が

SNSで話題になって、最近では近隣の

町から海水浴ついでに寄る旅行客も

あるくらいだ。

 しかし『猫魔岬支店』の

見切り発車もイイとこだったろう。

数億もかけて  にして、それが

まさか半年後には無くなるとは。


そうなりゃ俺も一旦 母店 であり

エリアの拠点がある札幌に戻される。

勤務地を 道内限定 で依願しては

いるものの、道東や道北にもなれば

今後は【猫魔岬】に来る事も難しく

なるに違いない。


もう、いい加減に付けなきゃ

なんねぇべ。いつまで考えたところで

埒があかねえさ。


 だけども。


アイツが道内入りする際に空の上から

見たという  は。

否定しても拒絶しても尚、心の奥底に

暗雲の様に広がって行く。


 は、まだこの岬を廻遊している。



奇しくも、店の紡錘形の吹き抜けに

なっている先端に、俄に勢力を増し

始めた積乱雲の端が見えた。





「藤崎支店長、権堂課長!」守衛の

高柳さんが、血相変えて表から戻って

来た。「大変だべ!天窓ン所にヒビが

入ってる!店の裏に何羽か、海鳥が

死んでると思ったっけ、どうやら昨夜ゆうべ

内に硝子にぶつかったんだべな。」

「え…マジですか?」奴が言う。

「ここらは浜だから、案外そったら

事もあるさ。」そう言う高柳さんの

手には 黒い袋 が下げられていた。

死んだ海鳥が入っているのだろう。


「業者に連絡する。」俺は警備会社

提携の修理業者に電話をかけるが、

繋がらない。修理業者も此処らじゃ

一軒しかないから、先客でもあれば

直ぐの対応は難しいだろう。そもそも

あの雲行きじゃ雨が降るのは必至。

当日中の修理は先ず無理だろう。



「なあ。これ雨漏りすんでねぇか?

なまら雨雲が湧いて来てるべや。」

高柳さんが吹抜けになっている天辺に

目を遣る。「取り敢えず、内側から

テープとか貼るか。あの内側に沿って

付いてる螺旋階段!ここ来た時から俺、

すげぇ気になってたんだよな!」

明らかにわくわくしている。アホか。

「いや、やめれ。補修ならやるべ?」

高柳さんが申し出るが。「俺がやる。」

「…。」まあ、やりてぇなら敢えて

止めはしないが。


この『猫魔岬支店』の紡錘形の店内には

壁に沿って 螺旋階段 が付いている。

勿論、手摺はあるが形状からして天辺に

行く程に階段の幅は狭くなって行く。

通常、職員が昇る事はない、設備点検の

業者用に設置されている物だ。

 


「本当に大丈夫なのか?」念の為、

聞いてみるが。



「大丈夫だろ、多分。」ヤツはそう

言って笑った。








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