第3話 猫魔大明神

転勤して来たばかりの支店長が突然

消える。それもが初めての

事ではなかった。


こんな僻地に嫌気が差したとか、

飲み屋の女と逃げたとか。色んな噂が

彼方此方で囁かれたが。

 真っ暗な新月の夜、駅ではなく暗い

海の方へふらふらと歩いて行くのを

目撃されていた。


 きっと  のだろう。


猫魔大明神ねこまだいみょうじん』の篝火が、千本鳥居の

合間を縫って山頂へと続くのは、

 謂わば 警告 を表す。

新月に惑わされて海と陸との境界線を

越えぬよう注意を促す。陌間はざまに於いて

正気を保つ為の灯りだ。


元々、此処らには 人身御供 の風習が

あった。新月の晩に神社で祝詞を唱え、

篝火の焚かれた鳥居を潜って 生贄 を

海へと連行する。するとまるで沢山の

猫達の鳴き声のような 喚招かんしょう が

昏い海原から聞こえたという。

 そして生贄と引き換えに、その年の

豊漁が約束される。実に明治時代まで

脈々と続いていた因習だったが

いつの間にか神社の篝火は

役割となって現代へと続いている。


宵闇の中、陸風に促されて海へと近づき

波に攫われてしまわない様に。



札幌に戻りたいだとか。そんな事は

実際、これっぽっちも考えてない。

寧ろ俺はこの 土地 に関心があった。


それが、突然の閉店予告。


本部の 店舗削減計画 は知っては

いたが、もっとずっと時間が掛かると

思っていたのだ。だが一方では、

この店を閉めるという 必然性 に

納得もしていた。

テラーの下田さん達は所謂 派遣 だ。

店が閉まれば自宅に近いローカルな

金融機関にでも転職するだろう。


だが、それにしてもだ。


態々、新任店長がから派遣されて

来るとは。しかも、まさかのタメ。

だが気の毒と思ったのは当の 本人 に

会う迄だった。


【猫魔岬】駅の改札の所で、ぼんやりと

『猫魔大明神』を眺めていたと思ったら

いきなり『猫魔岬支店』の外観を見て、

露骨にたじろいでいた。


《…すげぇな。ナニあれ。》

それに親切に答えてやっただけだ。


恐っそろしい程に整ったツラして、

しかも本丸東京から派遣された史上

最年少の支店長だ?どんだけ小洒落た

軟弱野郎かと思いきや、いきなり襟首

掴まれ締め上げられたのには驚いた。

しかも、結構な 強者 と見た。



ソレが今、俺の部屋でスナック菓子を

食いながらゴロゴロしている。


もう、何なんだよこの男は…。


そんな視線に気づいたのか 奴 が

言った。「…荷物って、結構予定通りに

届かねぇモンなの? 此処らって。」

「いや、冬場でも無ければそんな事は。

単なる手違いっしょ?」

「しょうがねぇな。確認したら明日には

届くらしいから。ホントマジごめん。」

「あの、藤崎…サン、さ。」「ん?」

コイツを『支店長』とは何だかとても

呼び辛い。たからと言って、 も

微妙だし。 なんて更におかしな

感じになる。


「ちょっとした旅館ならあるけど。」

出来れば早く出てって欲しい。まさか

泊まるつもりじゃないだろうな?

「隣同士じゃねぇかよ。それに色々と

この町について聞きたい事もあるし。

権堂もう何年なるんだ?ここ。」

いきなり、ゴンドウ 呼びか。じゃ

俺も フジサキ でいいか…いや、

駄目かな流石に。


【猫魔岬】に『社員寮』なんかない。

エリアの人事が適当に借り上げている

テラスハウスだ。偶々、一棟を二軒に

分けてる俺の隣が 空室 だった。

そこをに割り当てるのか?

ホント配慮もセンスも何もない。


「かれこれ、もう七年半。」俺はずっと

ここで暮らしている。「随分と長ぇな。

でも良かった、オマエに聞けば大概の

事はわかる。『猫魔岬支店』ったら

明治元年に開設されたんだろ?当時は

鰊漁で賑わった土地だから、相当な

店だと思ってたのによ。あのには

マジで腰砕けになったわ。」

「あれは、町興しの失敗例だ。エリアが

アホだからあんな事になる。今日び、

地銀だって乗らねぇべ。」

「ソレな。で?商売はしてンの?」

「…してるべや!客は少ないけど。」

「じゃなくて。融資先や運用顧客は

どの規模でいるのか、って事だよ。

そこそこ窓口の利用客いンのはさっき

見たけど。」ヤツ はそう言うと、

座り直して俺の顔をまじまじと見た。


「一つの店の歴史を終わらせるんだ。

その覚悟、持ってやろうぜ?何なら

最後にひと花咲かせるぐらいの。

 マジで頼んだぞ、権堂課長。俺よか

オマエの方がずっと此処の事よく

知ってんだからな?」「…ああ。」

「それと【猫魔岬】に何やら 曰く が

あるとか聞いたんだが。それも是非、

知りたい。

 実は此処に来る飛行機から物凄いモノ

目撃したんだよ。」「何だって…?」

「生き物みたいだった。俺、あれ見た

瞬間、又もや離陸みたいな感じに…。」



俺は背筋に悪寒が走るのを感じた。



    は、まだ生きている。











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