第2話 太白星、岬を征く
千歳からは一旦、札幌へと向かった。
今後、俺の直属の上司に当たる
『エリア拠点長』に挨拶する為だ。
そこで今後のスケジュールやら何やら
打ち合わせて、漸く現地入りとなる。
【猫魔岬】は、北海道の日本海側に
面した寂れた漁村にある『岬』の名だ。
それがいつの間にやら町名となった。
奇しくも、岬から海へと直線を引けば
件の 巨大な何か の姿を見た海域だ。
飛行機から見たあの 巨大な何か は
あり得ないデカさのくせに、自ら方向
転換して沖へと向かった。
形状からして鯨なんかじゃなかったし
そもそも デカさ がハンパなかった。
あれは一体、何だったのか…。
思い出しても、ぞくぞくする!
札幌のホテルを出てから長い時間を
電車に揺られ、漸く【猫魔岬】の駅に
降り立ったのは、既に昼を回っていた。
海風に煽られた木造駅舎の柱は無駄に
白く、遥か先には 江ノ島 っぽい形の
島が見えた。
あれが『猫魔岬』なんだろう。確か
古い灯台と神社がある筈だ。
俺は如何にも鄙びた改札を出ると、
視線を駅前のロータリーへと戻す。
が、いきなり トンデモナイ物 が
視界に飛び込んできた。
ウチのロゴがあるから多分、アレが
『猫魔岬支店』…だろう……か?
「…すげぇな。ナニあれ。」思わず、
独り言ちる。
そこにあったのは 巻貝 だった。
いやもう、何でこんな 形状 の店が
この世に存在するのか。
「銀行だよ。」突然、横から声がした。
「…ッ?!」思わず、ギョッとする。
「此処らのモンでなけりゃ、先ずは
びっくりする。何でも ツブ貝 が
モチーフらしいが、でもどう見たって
ソフトクリームか、犬のクソにしか
見えねぇべ。」
「…。」見れば、明らかに堅気には
見えない雰囲気の男が立っている。
今どき、オールバック。スーツは着て
いるがワイシャツの色が黒。無駄に
尖った靴。まあ歳的には俺と同じか
そこらだろうけど。
「…ここの人?」出来るだけ淡々と
尋ねる。「ああ。アンタが新任の
支店長?」「藤崎諒太。宜しくな。」
「ハッ…これは又、ご丁寧にどうも。
幾ら無くなるからって、何もこんな
若い支店長寄越さなくても。なぁ?」
「…。」 なあ? って言われても。
「アンタの前任者、こっちに異動して
来た途端にフケやがって、今もまだ
行方が分からない。二の舞だけは
勘弁してくれ。なまら迷惑だ。」
何だか知らねぇけど、訳の分からない
理由でいきなり絡んで来るなよな…。
面倒くせえから。
俺は相手の黒シャツの襟を思いきり
掴んでやった。そして顔を近づけ睨む。
「…ッ?!」これで大抵の奴は、まぁ
大人しくなる。
「…俺が名乗ったんだから、テメェも
名乗れよ?俺は藤崎だ、オマエは?」
相手は一瞬、怯んだ様な顔になるが。
「…権堂、龍弥…だ。離せ!」
「随分と強そうな名前だな、ア?」
しかもススキノのホストとかに居そう。
だが、所詮は三流だ。
「ぎゃあぁ…!何やってんの?!」
「?!」「……。」巻貝の中から
人 が出て来た。そして睨み合ってる
俺らを見て、目を丸くして狼狽えて
いる。
「権堂課長!何してんのサ!やめなよ
店の前でしょや!」ウチの制服だから
多分、窓口の人か何かだろうけど。
「…。」俺はそーっと奴の首元を掴んだ
手を離す。いやコイツは何もしてない。
これ、完全に俺じゃん。捕まるの。
「あぁ、下田さんか…。」権堂はそう
言うとカキコキと首を鳴らした。
ヤベェ着任早々…やらかしたかな、俺。
「新任の店長だよ。」権堂と名乗った
ヤバ気な男は俺をそう紹介すると、
こっちに向き直った。
「テラー兼事務の下田さん。もう一人
岡野さんて人がいる。それから守衛兼
出納の高柳さん、あと俺。それが現状
『猫魔岬支店』のオールメンバーだ。」
ヤツはそう言うと、俺を 巻貝 の
中へと促した。
『猫魔岬支店』の閉店は、もう既に
決まっている。
にも関わらず、店の内装は新しかった。
パーティションで区切られた営業場と
ロビーは、白を基調として明るい。
吹き抜けの中心部とステンドグラスが
海の世界を彷彿とさせる不思議な店内。
しかも、ロビー側に二基あるATMと
待合ソファは、明らかに貝殻をイメージ
しているし、昆布みたいな観葉植物まで
ご丁寧に置かれている。
「…何か、更にすげぇな。外観からは
ちょっと想像出来なかったわ。」まるで
水族館か洒落た竜宮城だ。
「どの道、無くなる店だ。」
権堂龍弥はそう言うと、ため息をついた。
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