猫魔岬變

小野塚 

第1話 島流し太白星

羽田発の飛行機の中で。俺は離陸を

待ちながら、ぼんやり外を眺めていた。


あの、感動的な『櫻岾支店』の閉店から

程なくして俺はもう次の赴任地へと

向かっている。

 大体が 異動 なんてそんなモンだ。

店舗削減計画による閉店だったから

寧ろ猶予はあった方だ。通常、次の

赴任地が遠方だからと言って、引継ぎに

一週間以上かける事はない。


支店長への昇進。

    でも実際は 島流し だ。


【猫魔岬】なんて支店、入行して

この方一度も聞いた事がなかったが

調べてみると確かにあった。それも

関東圏じゃないどころか、まさかの

北海道に、だ。

 どの道、異動は避けては通れない。

ならば楽しんだ者勝ちだ。実は俺、

北海道って初めてなんだよな。それを

思うと不安はあれど期待もあった。


とはいえ『猫魔岬支店』は、ハナから

『削減対象店リスト』に挙がる店だ。

概して 新任店長 はその閉店の為に

派遣され、首尾よく店を閉めて初めて

中央へと返り咲く。

 それが昨今の 風潮 だった。


今期、新任支店長は全国で十六名。


役職定年に於ける自然減への充填も勿論

あるが、全国規模で展開されている例の

店舗削減計画 が影響しているのは、

まず間違いないだろう。



正式な辞令は本店の大広間で頭取から

一人ずつ呼ばれて受け取る。その中で

俺は明らかに 悪目立ち していた。

 比較的、若手が多いとはいえ大体が

四十代だろう。俺みたいな 若輩 は

他には誰も居やしない。

 これがもし中央の支店長を拝領すると

なれば露骨に睨まれる所だが、場所が

場所だ。俺に集中する視線は 憐憫 と

同情 とが入り混じるものだった。


まあ、そこまではまだ許せる。


その後、店舗削減計画の責任者でもある

通称 カンカン こと神田専務主催の

懇親会で、俺は絡まれる羽目になった。


《藤崎君は、怪談が好きなんだって?

実は今度の支店も 曰く があってね。

君みたいに恐れを知らない勇猛果敢な

若手には、ピッタリだよ!

君だからこそ任せられる、というのも

実際ある。だから宜しく頼むよ?

『櫻岾支店』みたいに。》


思わず殴ってやろうかと思ったが、

そこはグッと堪えた。こんなクソ野郎

一人殴ったところで何の利益もない。


 少しは大人になっただろ?


         な、頭領。


俺の初任店長だった 小淵沢芳邦 

通称『頭領』は、前任地の【櫻岾】に

深い因縁を持っていた。

 あの世代にして身長百八十センチは

裕にある。勇猛果敢にして剛毅。しかも

智略家。懐は深く、志は高い。

俺にとっては、正に オヤジ だ。

本人は志半ばで鬼籍に入っちまったが、

その 意志 は、確かに俺が引き継いで

いる。




「…。」離陸のアナウンスが機内に流れ

俺は一瞬、身を硬くする。


飛行機は、この瞬間と降りる時の地面を

捉えた瞬間が好きだ。何とも言えない

緊張感。まるで怪談の キモ に

差し掛かった時の様な。


そう言や、カンカンの奴。今度の店も

何やら 曰く付き だ、とか言って

おきながら、その 詳細 は何一つ

話さなかったな。

どうせ碌に知りもしないで、噂程度で

言ってるんだろう。所詮、中枢はあんな

モンだ。碌に知りもしない。そして、

知ろうともしない。


瞬間、浮遊感が機体を包む。


もう、戻れないんだな。そう思うと。

柄にもなく胸が詰まる。何だろなコレ。

【櫻岾】ではやり切った。だから少しの

後悔もないのに。


窓際の座席が取れたのはラッキーだ。

天王洲の高層ビルやら競馬場やら、

更には干潟になった海縁に小さな鳥が

数羽、泥砂を突ついているのが見える。

斜めになった俺の視界は、ある程度の

高度を稼ぐと平坦になった。



離陸した機体は羽田上空を、ぐるりと

ひと回りして進路を北へと定めた。







いつの間にか寝ていたのだろう、

《じき千歳に着く》というアナウンスで

俺は無意識に窓の外を覗く。丁度、海が

見えた、が。

「うぉッ?!」驚いて、つい変な声が

出た。「?」隣の席のオッさんが横から

覗き込んで来るが。「…え?!」

二人して、顔を見合わせ絶句する。


地図で見るのと同じ形状の渡島半島の

更に北。石狩湾の、海の青い色とは

明らかに違う。その海域がどの程度の

規模なのか、詳しくはわからねぇが。


色の違う海域が、いる…?


「…鯨か?いや…違う。」オッさんが

言う。どう見ても 巨大生物の影 だ。

石狩湾に鯨は居ねえだろ。しかもソレが

移動している。「鯨、いるんですか?」

「居る事はいる。でも、アレは違う。」

息を呑んで見ていたが、飛行機の進路の

影響で見えなくなってしまった。



何だか又しても、すげえ所に来た感が。


この北の大地で一体、何が俺を待ってて

くれるやら。




いつの間にか感傷的な気持ちは何処かに

きれいサッパリ消え失せていた。












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