第17話 八百比丘尼

それは、日本各地の浜で語られて

いるからきっとメジャーな話なのかも

知れないが。


【猫魔岬】にも昔噺としてそんな話は

伝承されていた。『猫魔大明神』への

人身御供にされた娘が、どういう経緯か

慈悲を得て、不老不死になって戻って

来るという。

 コレ、絶対に『昔噺』じゃねえべ!

海外のホラー映画にも似た様な話が

あった気がする。


あの、気味の悪い女が来てから念の為

『猫魔大明神』の由良宮司にお祓いして

貰ったさ。藤崎がうるさいから当然、

俺の自費で。宮司に文句を言うつもりは

全くないけれど。

        今度は


流石に呪われてるだろ!ここの巻貝みせ


藤崎は《別に、実害なかったんで》って

涼しいツラして猫等に食わせてたけど

そんな  で良いわけねぇべや!


しかも、事もあろうに来週から何日か

奴の同期が遊びに来るとか言いやがる。

いや、別に来てくれるのは構わない。

只、何か良からぬ事が起きないか気が

気でねぇさ。



岬の計測は、あれからどうなったのか。


百目木教授が札幌に戻ってから、特に

あの 生物 が話題になっている様子は

なかった。そこは常識的な科学者だ、

オカルト雑誌の様な煽った見解は決して

出したりしないだろうが。


「……。」俺はもうすっかり日の暮れた

浜を歩いた。何となく、だ。もし何か

思い詰めてる様なヤツがいたら声を

かける。それが惰性で続いて

いつの間にか習慣になっていた。




藤崎が全国拠点長会議で留守だった

あの晩。朱い千本鳥居の間に灯した

篝火の後始末をした後、俺は夜の浜を

見に来ていた。やけに猫が鳴くとは

思っていたが、あの声は間違いなく

の の声 だ。


由良宮司はかなりの猫好きだから、

餌に困る事もない。島の地形の影響で

変に反響したのが 海からの に

聞こえたんだべ。


 …したっけ、アレは何なんだ?


玄関開けたら  が。そして

何かあればセキュリティが感知する

銀行の、支店長机の上に丸々とした

が三尾。


いやいやいや…!常識で考えろや俺!

科学的な要因が必ずある筈だ。人には

感知出来ない匂いとか何か。人為的な

ミスと誤解…そんな 如何にも な

偶然の重複。あの 生魚 だって、

藤崎の  じゃないとは

言い切れねえべや。




「権堂さん。」


いきなり後ろから声をかけられて、

俺は思わず叫びかけた。「…ッ?!」 

「…フフッ。」が、波打際で

笑っていた。

「ぉうわッ…!」逃げようとした足が

絡れて、砂浜に膝をついた。

「な、何だべ!もう閉店ですから!又

後日おいで下さいッ!!」まさか

こんな夕暮れの浜で。俺は岬の天辺の

『猫魔大明神』の灯りと、駅前の

明かりを交互に見る。


  どっちが


距離としては神社だが、山を登る

労力を考えたら店の方が早い。それに

まだ藤崎が残っている筈だった。

「…っ?!」走り出そうとした瞬間。


足元にッ、猫おおおぉお?!


「うわぁあああッ…!!」さっきまで

居なかったべや!なして、こんなッ…。

「猫、お嫌いですか?」背後には、女。

「……いや、嫌いでねぇ…けど。」


もう、諦めた。


いつの間にか、俺を取り囲む様に猫が。

それも五匹六匹の数じゃない。これ、

デジャブってる気がするが多分、全ての

 元凶 は、この二尾富子ばけものに違いない。


「一体、何なんだべ!そんなに現払い

出来なかったの、根に持ってんのか?

文句あるンなら警察に言えや。それに

アンタ、きっちりしないと

今後、なまら面倒な事になるべ?」

「本確…登録?」言うと二尾富子は

小首を傾げる。綺麗に切り揃えられた

髪がサラリと動いた。

「…あと、猫ッ!コイツらアンタの

飼い猫か?ちゃんと『飼育登録』とか

してんのか?なまら数いるから数匹

いなくなっても分からねぇしょ?」

「飼育……登録?」


さっきから何なんだべ。どうにも

調子が狂うっていうか。

こうして見ている分には、ちょっと

印象強めの普通の少女に見える。


「この猫たちは皆、『猫魔大明神』の

御遣いです。昔っからずっと、この

【猫魔岬】の趨勢を見て来た。」

「…。」「私も同じ。この岬の嘗ての

賑わいと栄光が、それに相反する

歴史の闇が。町が廃れて行くと同時に

人の記憶から忘れ去られて行くのは

どうにも口惜しい。」「…それは。」

気持ちはよくわかる。だが。


「アンタ、一体何者なんだ?それに

親戚の新築祝いって、何処ンとこさ

言ってんだべ?二尾さん、て事は

あの『渚亭』の?」「……。」

「…とにかく、ハナシは又改めて

店で聞くべや。支店長も交えて。」

「承知しました。」二尾富子は、そう

言うと踵を返し、何故か岬の方へと

歩いて行った。








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