第16話 太白星の嘆き

何だかもう、色んな事があり過ぎて

店を閉めるどころじゃねえわコレ。

百年以上前から生きてる口座、もとい

人間なんて。いるかもだけど多分、

それもう  だろう。

 だけど、百年以上前に人身御供に

された返礼がまだ口座に残ってて、

しかも支店が無くなるとなりゃ…まあ

引き出すよな。ダイレクト取引とかは

しねえだろうから。


思った所で、何だか切なくなった。



丁度、そんな時だった。田坂から

連絡が来たのは。


例の『法照寺』で開催予定の怪談会の

話だろうと思ったが、どうやらそれは

もう少し先になる様だった。

「…で、何しに来るんだよ?」つい

先日、例のカフェ・バーで岸田も入れて

顔を合わせたばかりだったが。


〈夏休みに決まってんだろ!折角、

諒太が北の岬の支店長になったんだ。

そっちの海水浴客、こっち程は

いないだろ?〉「えっ?!泳ぐの?」

〈駄目?〉「いや…駄目じゃねぇけど

オマエ、夏休みなんかマトモに取れた

試しがねえだろ。どういう風の吹き

回しだ?」「岸田と合わせたんだよ。

『猫魔岬支店』を見に行くついでに

北海道旅行しよう、って。〉「はぁ?」

〈猫魔岬は最大のイベントたからな!

俺らだと油断せずに接待しろよ?〉

「何でだよ?!」〈じゃ、よろ!〉

田坂からの電話は、話すだけ話して

勝手に切れた。


それにしても「優斗の野郎…。」

俺は思わず北叟笑む。昔からアイツは

いつもそうだ。そうとなればこっちも

やる事 を最大限にやるだけだ。



【猫魔岬】にリゾート開発を誘致する。



ターゲットは筧地所の会長、筧俊作。

田坂の話によると、本業は息子に任せて

自分はから 新規事業 を始める

心算でいるらしい。

いつぞやは『櫻岾支店』を売却する

話で競合させられたが、徳永弁護士に

よると、至極、真っ当な御仁って

ハナシだった。





俺は身支度を整えて、家の外に出た。



        その、瞬間。


「うおぉッ…何だ、コイツら?!」

ドアを開けた瞬間、猫が。それも

山程いる。茶トラ、白、黒、斑にサビ

鯖トラに蓬、クリーム、グレー、三毛

…何じゃこりゃ?!!



【猫魔岬】に社宅はない。エリアの

人事が借り上げているテラスの隣は

権堂龍弥が住んでいる。



「…オマエ等、どうしたニャー?」

声を掛けるが相手は猫。ニャーに

対しての応えも ニャー だ。

「早朝だからあんまり鳴くニャ。」

朝っぱらから頬が緩むけど、これ

明らかに 発生 だ。

 だが、よくよく見ると猫等はウチと

いうより権堂んちの玄関先を占拠して

いて、剰え 猫バリケード を築いて

いる。ざっと見ても十匹以上。

インターホンを押そうとしても猫が

いるから押せやしない。「…。」

俺は仕方なくスマホで権堂を外に

呼び出した。


「…え?!」玄関開けたらだから。


そりゃ、権堂もびびるだろうけど。

「オマエ、何やらかしたんだ?」

「…あ、いや。」「一体どうしたら

こんなに沢山の猫を集められるんだ?」

マジでクソ羨ましい。


それはそれ。この所コイツの挙動が

何かオカシイ。例の  が

店に来てから挙動不審もイイ所だ。

まあ、他人ひとの事をとやかくは言わないが

正体がわからない以上は、こっちも

何気に気を付けて見てやらねえと。

 今度その女が来たら、絶対に俺が

直に面談してやる。いやコレ別に

好奇心 とかじゃなくて。ソイツが

幽霊なのか妖怪なのか。それとも

一番敬遠したい 犯罪絡み なのか。







腑抜けた権堂を半ば引っ張る様に

俺は巻貝みせへと出勤した。


解錠して、セキュリティを切り替え

店内の空調をつける。途端に酷く

磯臭い匂いが冷たい風と共に渦巻いた。

「うぇ、ナニこの匂い…。」


まるで、海が

   すぐそこに在るようだった。


「藤崎…支店長っ…!」権堂が俺の

腕をそっと掴む。「キモい、よせ。

てか、オマエいい加減にしとけよ?

いいか?権堂。今、店の中が磯臭い。

俺らは九時の開店までに、それを

何とかする!」「お、おう。了解。」


空調の淡々とした排気音は、まるで

何か全く 別の音 に聞こえた。

「権堂、何か詰まってンじゃねえか?

ダクトとか。冷気は出て来るけど、

銀行が磯臭ぇんじゃ洒落にならねえ。

業者呼ぶか。」



     波の音が聴こえる。


「…え。これ、波の音?」それに

気づいた瞬間、思わず鳥肌が立った。

「言われてみれば…てか、やめれ!

朝から怖い話すんなや!」「…?」

権堂はもうこの際、無視だ。俺は

真っ直ぐ自分の執務机に向かった。


 机の上に。


「何コレ。」「うわああああッ!」

俺の呟きをヤツの叫びが上書きする。





支店長机の上には、立派な青魚が。

三尾、頭を揃えて乗っかっていた。











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