第52話 灯を嗣ぐ者

ここ急にしばれる様になって来たから

雪が降るのも気圧配置の問題だろう。

銀行は年の瀬を待たずに撤退するが

年末迄無駄に営業するよりも寧ろ

余程キリは良い。


俺の十二月末での退職が受理された。


閉店後は藤崎と共に本丸へは戻らず、

残っていた有給休暇を使ってそのまま

辞める運びとなる。

だから俺のは、明治元年から

この町の経済を支えた…いや、この

町の人々の 生活の中心 にあった

『猫魔岬支店』の閉店と同日になる。

それは、何となく誇らしく思えた。



【猫魔岬】の風景も、震災やその後の

復興でガラリと変わるかと思ったが

実際には然程の変わりもなく。しかし

確実に地面の下では 希望の種子 が

息づいている、そんながあった。



嘗て、父親がこの地で何を見て

そして何を 想った のか。


俺が知る様な事ではないのだろう。

けれども今なら多少は 解る 事も

あるのかも知れない。



『猫魔大明神』と呼ばれる

単なる海洋微生物などではなかった。

『ベニクラゲ』の近縁種にあたる

それ は、ネクトンであり、個々が

まるで  を持っているかの様に

見えた。ましてや、あの大地震の

際には大集団でコロニーを形成し

結果として、この町が大津波に呑み

込まれるのを


 そのには、とてもじゃないが

理解が追いつかなかったが。




百目木教授からは、大学に戻って

みてはどうかと打診を受けている。

『猫魔ホラークラゲ』に関する研究を

主軸に据えた彼の研究室に編入すれば

もしかしたら更なる発見と、未来へ

向けた有益な応用が実現出来るのかも

知れない。すっかり姿を消した

『猫魔ホラークラゲ』のサンプルは、

大学の研究所で厳重な管理育成が今も

続行している。


又、『KAKEI地域開発♾研究所』の

筧所長からも声は掛かっていた。

本来、俺は海洋工学を修めた身だから

【猫魔岬】の地形を考慮した、持続

可能な都市設計に是非とも参画して

欲しいと言う。



 だが、俺の中には何も無かった。







「…いやあ、腹減ったべや龍弥さん。

そろそろ昼飯にしねぇか? そんなに

根詰めたっても良くねえしょ。な?」

由良宮司が、如何にも出来立てらしい

ラーメンが二つ乗った盆を手に、声を

掛けて来た。


『根古間神社』の社務所の奥にある

宝物庫で、俺は『根古間神社縁起』の

末巻、五十巻目のと格闘していた。

 年末年始が繁忙期に当たる神社の 

少し早めの 煤払すすはらい の手伝いに

来たのだが、宝物庫の掃除をしていて

例の『祝詞』が目に留まり、いつの

間にか読み耽っていたのだ。

尤も、読む、というよりも 解読 と

いう方が近いのだろう、その謎めいた

記号の様な  は、地球上の

どの言語とも似てはいなかった。


「宮司、コレなして読めるんだ?」

そもそも、それが不思議だった。

「それはオレの養父おやじから口伝のかたち

聞いたモンだべや。」「宮司の養父?」

「そうさ。オレは、まだ小学校に

上がる前に由良家へ養子に来たっけ。

見よう見真似で聞いて覚えたしょ。

それより、ラーメンが伸びるべ。」

由良宮司が運んで来たラーメンは、

湯気と共に如何にも美味そうな匂いを

漂わせている。


此処って… だろ。


「寒いっけ、湯気が立つしょ。大事な

書物がワヤんなるべや。」「いやぁ

これは水に沈めてもなんもねぇさ。」

「え、マジで?」「コレ見てみろや。

『猫魔大明神』様ので出来てるべ。

したっけ、海底深くに沈めたってなん

ねえさ。」「…マジかよ。」確かに

見た目、魚か何かので装丁されて

いる様に見える。


『猫魔大明神』の 正体 は、実は

『猫魔ホラー』なのだと結論

付いたのではなかったか?


「いや大マジだべや。それはそうと!

あの大火事の後で支店長さん達にコレ

見せた時によ……まあ、先にラーメン

食うべ。伸びるっけよ。」言いながら

由良宮司がラーメンを啜り始めた。


俺も思わず出された箸を手に取る。

「…頂きます。」「美味いしょ?!」

「なまら美味い!」「そうだべ?」

日頃から忠実まめな宮司は料理の腕前も

かなりのものだ。暫くはお互い無言で

温かいラーメンを食べた。




「なあ、宮司。『猫魔大明神』って

あの津波を押し留めてくれてた、紅い

クラゲだべ?」「おうさ。」宮司は

綺麗に平らげた丼皿を重ねて部屋の

隅に置く。「したっけ、どうして

あるんだ?この装丁の皮、どう見ても

魚か、それに近いモンだべや。」

「それな。『猫魔大明神』様は海神

大綿津見神おおわだつみさ。見た目は海に在る

全てのモノだっけ。」「全ての?」

「そうさ。の系譜は、代々その

』を以て、神を 統合 する。

そういう御役目を持っているっけ。」

「…氏を以て、神を…統合する…?」

「血ではねえ。継ぐのはさ。」


「精神…か。」







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