第23話 大綿津見神命
それは予期していた事でもあり、又
晴天の霹靂の様でもあった。
藤崎が夏休みで本州に帰った次の日に
百目木教授ら調査班が再び【猫魔岬】を
訪れたのだ。
前回の新月に、何やら計測をしてたが
まさかここに来て何か、とんでもない
結果が出て来た、とか言わねえべな?
役場の人らと再度又、陸繋島の岩礁の
方で何やら騒いでいるのを見かけた。
由良宮司や『渚亭』の女将は、ここらの
地権者でもある事から、余計に気が気で
ねえさ。まさかの 猫魔大明神の髭 の
件もあるっけ。
只でさえ遊泳期間の短い【猫魔岬】の
遊泳解禁期間 が更に短くなり、遂に
無くなってしまうなんて事は、取り分け
今は絶対に避けたいところだった。
「おーい、龍弥さん。大変だべや!」
そんな事を考えていたら、由良宮司が
息急き切って店に入って来た。
「いらっしゃいませ、なした宮司?」
「…例の、札幌から来た偉い先生方。
とんでもねぇモンを発見したって
言うっけ!」「とんでもねえモン?」
例の『猫魔大明神』に関する事には
違いない。宮司としてはあくまで
神職として向き合うが、百目木教授は
科学者として、その解明に全力を
尽くす。双方真摯だが、その方向性は
真逆のベクトルを示すものだ。
「何でも 新種のクランプトン とか
言ってたべ。新月に岬の辺りに集まる
ヤツとか言うっけ。」「何だって?」
「だから、クランプトンだべや。」
「エリック?」「ギター弾かねえべ。
ナニ言ってんだ?」「……。」
E.クラプトン知ってんのかよ、宮司。
「…それ、プランクトンでねえのか?
海中浮遊生物の事しょ。
「また、難しい事よく知ってるべや。」
言いながら宮司は
勝手に座る。
「とんでもねえモン、って。何かヤバい
モンなのか?それ。」やめれやマジで。
まさかの 有害浮遊生物の湧く浜 だ
なんて事になった日には…。
「無害らしいさ。只、今まで見た事も
ねえヤツだ、って言うしょ!新種の
クラプトンだべや!」「…新種の。」
無害であれば、一先ず安心していいか。
いや、百目木教授に状況を確めるべき
だろうか。多分、今回も『渚亭』に
泊まってるだろうから、行けばきっと
会えるだろう。
そういやあれからあの女、ぷっつり
姿を見せなくなった。
前に夜の浜で猫等と一緒に現れてから
直ぐにも店の方に来るかと思ったが。
支店長が夏休み中だからか?確かに
アイツが居ないと話にならねえさ。
現払も何も、異例中の異例になるのは
必至だろうし。
『渚亭』に百目木教授を訪ねたのは
閉店作業の後だったから、もう既に陽は
山入端に沈んでいた。あっという間に
辺りは夕闇に紛れ出す。
『渚亭』は現在【猫魔岬】では唯一の
本格的な 旅館 だ。明治元年創業で
もう百年以上の歴史がある。
藤崎が『恐怖!呪いの網元屋敷』だとか
変な渾名を付けたっけ、古色床しい
見テクレに赤煉瓦の和洋折衷。それが
却って不気味な妄想を駆り立てる。
「お晩です。女将さん居るかい?」
入口は今どき自動ドアでなく引き戸。
ガラガラと大きな音を立てて、それが
呼び鈴の代わりになっている。
「いらっしゃい。龍弥さんでないの、
こんな時間になした?」「こっちに
札幌から百目木教授が逗留中だって
聞いたっけ。今いるかい?」
「ああ、ちょっと待ってや。今呼んで
やるべさ。」女将の二尾香子はそう
言うと、
取って内線を架けてくれた。
百目木教授は直ぐにロビーに現れた。
「君が訪ねてくるとは…さては例の
新種の プランクトン の件かな?」
揶揄している訳ではなく、あくまで
父の様な優しげ眼差しを向けて来る。
それが、煩わしかった。
自分の物心が付く頃には、もう既に
父親の姿はなかった。ましてやそれが
彼のせいでないのは事実だ。
「…専門的な事は知らないが、余り
大々的に煽らねえで貰いたい。それで
なくても遠巻きに見られてる土地だ。
本来 巨大水棲生物 についての
調査だったべ?」「君ならばアレの
正体を解っていると思っていたが。」
「予想はついた。でもプランクトンで
片付けられねえしょ。」「あれは
ネクトンだよ。魚や海洋生物の様に
何らかの意志を持っている。しかも
一つ一つが集合して巨大水棲生物の
如く形を作る。更に驚くべき事には
泳ぐスピードだ。シロナガスクジラ
程度の速さを集団で維持出来ると
いうのは前代未聞だ。海水中では
赤い蛍光生を持ち、陸上では乾燥して
黒く変色。その後溶解する。」「…。」
俺はふと、岬の際で泳いだ奴等に絡む
『猫魔大明神の髭』を思い出した。
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