第24話 太白星の帰還

『法照寺』怪談フェスは地味ながらも

結構な盛況を以て幕を閉じた。しかも

当初の目的の一つでもあった筧会長との

面談も無事にミッション・コンプだ。

 田坂辺りが予め【猫魔岬】の伝承を

吹き込んでおいてくれたんだろう。

筧会長が 人魚伝説 に興味を持って

いたのも勿怪の幸いだった。尤も、

由良宮司に聞いたのは八百比丘尼じゃ

なくて 八百比丘 だけどな。


権堂たちが遭遇した女。幽霊なのか

妖怪なのかはよくは分からねえけど、

例の 二尾富子 との利害一致を確認

出来たのも何よりだった。


そんなこんなで。気分よく北海道に

戻って来たのは良かったが、何と俺の

居ない間にまさかの事態が起きていた。




あの、巨大な 水棲生物 が、実は

海月くらげの仲間の寄り集まりだったとは。



「…人や環境に無害だとは言ってたっけ

そんなに深刻な話にはならないだろうが

まだ調査は始まったばかりだべや。」

権堂が、土産に買った『櫻岾饅頭』を

食いながら言う。せめて二口ぐらいに

分けて食えよと思いつつ。

「…みたいなヤツか?その

赤バージョン。それが月のない夜に

海表面に浮上して来るってのは、これ

見ようによってはエキセントリックな

光景だけど。」「産卵に来るんだべ。

普段は岬の岩礁にある『底無し海淵』の

奥深く生息してるんじゃねえか、って。

時々、はぐれた奴が

陸さ上がって溶けて消えるべ。」

「…。」俺は思わず、田坂と泳いだ

冷たい海を思い出して身震いした。


一瞬、何か素敵な パワーワード が

聴こえた様な気がしたが、そんな得体の

知れないモノがいる海で泳いでいたかと

思うと、矢張りゾッとしない。ましてや

陸に上げると直ぐ死んで、水死体の

髪の毛っぽく黒く変化しながら消えて

しまうと来た日には。


とんだじゃねえか、ソレ。


個人的には結構ウケるけど、一般的に

ウケるかと言えば…確かに一般ウケは

しねえだろうな、絶対に。

【猫魔岬】を広く知って貰うには

プラスイメージであった方がいいのは

間違いない。だが一方で、既存の

観光地のを見るにつけ、

それだけではダメだとも思う。


ともあれ、筧会長にはこの辺りの事も

包み隠さず話した方がいいだろう。


「近いうちに、筧会長を【猫魔岬】に

招待したいんだが。」

「は?!何言ってんだ?今、ここ等の

状況は話したべや。当分そんなこんなで

調査は続くだろうし、秘匿されてる

訳でもねえから、メディアなんかも

来るかもしれねえしょ。

 しかも此処に逗留すんなら『渚亭』に

なるだろうが、百目木教授の調査隊の

一行がもう既に泊まってるっけ。」

権堂が眉間に皺を寄せる。こういう

表情は、まず銀行員には見えない。


「オッサン等、いつまでいるんだよ?」

「分からないが、長くなりそうだべ。」

「あそこ一体、何部屋あるんだ?」

「部屋数自体はあるっけ問題ねえが、

研究チームと同宿ってのは…まあ

何かと落ち着かねえべ?」「…。」

案外、気を遣える奴じゃねえか。


「…宿は近場の街に取るとしても。

この町の ポテンシャル を

紹介したいんだよな…権堂、オマエ

かなり長いんだから、何かねぇのか?」

「歴史的建造物ならば『渚亭』だべ?

それと岬の『猫魔大明神』ぐらいか。

そんなに面白いモンはねえさ。それに

リゾート開発すんなら、もっと此処らの

地形だとか前面に出さねえと。万一の

災害への対処、都市部へのアクセス。

 その辺が整って初めて、どの程度の

収益が見込めるのか、だべ?」権堂は

そう言うと又、考え込む。


こういう所が  なんだろうか。

俺にはそういう 発想 が抜けてたわ。

単なるエンタメ上等じゃ、失敗する。

筧会長は建設業界の重鎮だ。思い付き

程度での 巻貝はっそう なんぞ、直ぐに

襤褸が出るだろう。


「マジで。オマエが頼りだ、権堂。」

「なして、俺よ?」「オマエには俺に

ない発想とか知識があるだろ。それに

この【猫魔岬】に深い思い入れもある。

それは筧会長にも通じる筈だ。」

「……。」あとは、その過剰にまで

ホラー要素が満載の 猫魔大明神 に

ついて、もう少し情報が欲しかった。





三時の閉店後、俺はオッさん、もとい

百目木教授が逗留してるという、例の

『呪いの網元屋敷』へ行く事にした。

だが、岬の陸繋島ら辺にボートが二艘

停留しているのが見えたから、足は

自ずと浜の方へと向きを変えた。


「あれ…由良宮司じゃねえか。」


思わず独り言ちるが、何やら砂州の

外れで騒いでいる様だ。そして中には

『猫魔ホラー海月』の死骸のせいで

岸田に呼ばれた『猫魔岬派出所」の

菅原巡査の姿もあった。








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