第22話 巻貝の摂理

もう駄目だ…俺には  しか

浮かびゃしねえわ!あの巻貝みせが余りに

衝撃的で、思わず頭に浮かんだのが、

それだった。嫌な一瞬の沈黙。そして

何処からか流れて来る、線香の匂い。

「……。」喉が乾く。本堂横で西瓜を

貰って来れば良かったか。いや

駄目だろ。これはれっきとした、商談。

それも【猫魔岬】の行く末が関わって

くる、なのだ。


「…成程。」と突然、筧会長が呟く。

「藤崎さん。まだお若いが噂に違わず

相当な御仁のようだ。」「……。」

「確かに史上最年少で支店一つ任される

思慮の深さ。いや、流石ですよ。」

「…いえ、そんな事は。」ていうか、

大丈夫なのか?この親爺。巻貝だぞ?


「あの、黄金比率で巻いた曲線。

紡錘形の妙味。更に最も大事なのは

それが自然の中で培われているという

所にある。それも決して一朝一夕に

出来るものではない。」「…はあ。」

「しかも、ヤドカリ等に至っては。

貝殻を生涯に於いて大切に使用し

仲間とシェアする。まさに、理想の

建築構想です。いや、参りました。」

いきなり頭を下げる筧地所の会長。

対するは、喰らった様な俺。

それをでも

見た様な顔の田坂と、それに反して

の岸田…。


「筧様、麻川住職がお探しです。」

と、突然どこから現れたか一人の男が

筧会長を呼びに来た。見慣れない

風体だが『怪談会』のスタッフには

違いない。


「ああ、済まない。直ぐに行く。実は

今回の怪談会では私も一つ、語らせて

貰う事になっているんですよ。」

「…そう、なんですか…楽しみです!」

「実は、私は【猫魔岬】にも興味が

ある。何でも  の日本での

最北端だと、知人から聞いてね。

ずっと行ってみたいと思っていた。」

「ま、マジ…ですか?!是非!」

「有難う。ではまた後日、改めて。」

日本最大手の不動産会社会長はそう

言うと、男について本堂の奥へと

消えて行った。




「良かったな、諒太!取り敢えず

三分の一は貰ったと思って良い。」

あれ程までにを見せ付けて来た

田坂が言う。「そうですね、僕らも

折角だから楽しみましょうよ。結構

お客も集まって来てます!」岸田も

墓を写メってビビり倒してたくせに。



確かに、見違える程の盛況振りだ。

墓地の方までライトアップされてて

『化け物寺』が嘘の様だ。風情も

何もないけれど、まあ偶にはいいか。


サラリーマン風にOL風、外国からの

人達もいる。飲み屋の女将と用心棒。

バンドでもやってそうな銀髪娘と

不思議な一団。明らかにテンションの

違うカップルに、大学生っぽい何組かの

男女、しかも制服姿の高校生までいる。

「あれ市目鯖しめさばの制服だ。」岸田が言う。

「〆鯖?」「都内にある進学校です。

あの四人、態々こんな所まで…。」

「やけに詳しいな、岸田。」「ええ、

僕の母校ですから。」「…マジか。」

コイツ  とか言いやがった。


「そういや、小田桐さん見かけねえな。

本丸では来る気満々みたいだったのに

忙しいのか?」「小田桐さんはアレだ、

怪談語るらしいぞ?」

田坂が答える。「え?!怪談話すの?」

「…みたいだな。」「もしや、奥方や

徳永先生とかも姿見えねぇのって。」

「だろうな。」何だよ…クソ受ける!


「藤崎さん!」「お、守本じゃねえか。

元気か?」「はい、お陰様で…って、

さっき墓地の方で女の子が藤崎さんを

探してましたけど。心当りあります?」

『櫻岾支店』の後輩、守本が俺等を

見つけて駆け寄って来たが。「女?」

「ええ、何か…若い子でしたけど。

もしかして藤崎ファン?」「いや。」

何となく、予感めいたものがあった。

「直ぐに行くから。先に本堂の方、

行っててくれ。」


俺は奴等に言うと、人の流れと逆に

墓地に入った。ライトアップされては

いるが、単に安全上の配慮だろう。

態々墓地こっちに来る様な人間はいない。


  と、足元に猫が。

         一匹、二匹…三匹。


四匹、五匹、六匹…いつの間にやら

俺は墓場でいた。


「支店長さん。」


猫らがウニャウニャいる墓地の陰から

若い女が。「アンタが二尾富子さんか?

俺に何か用って…北海道から態々?」

「はい。遅れ盆の里帰りです。どうか

あの町を御頼みします。このままでは

私の念慮が水の泡になってしまう。」

この女、幽霊なのか?それとも別の?

どの道、今更驚きゃしねえ。抑が、

その墓石の下には  がいる。


     だが、しかし…だ。


「全力は尽くす。だが、権堂には手ぇ

出さないでくれねえか?アイツは馬鹿が

つく程、善良な奴だ。」目下、

ぐらいには気になっている。

「承知しています。」女はそう言うと


にや、と笑った。











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