第42話 陸繋島の灯
雪虫が飛び始めると、それはじきに
本物の雪へと変わる。
『猫魔岬支店』の撤退は、相変わらず
追って指示があるまでは一旦 待機 の
状態が続いている。
本当ならば雪が降る前には撤退して
いる筈が、どっちつかずの状態で放置
されたままだった。それでも日々の
生活は連綿と続いて行くし、銀行には
客だって来る。駅前の地銀とは特別に
手数料をかけずにATMが使える提携を
結んだが、什器の搬出やらロゴの取外し
それに、顧客に出す閉店の挨拶状も
途中のままで頓挫しているのだ。
一方、筧所長等の動きは迅速だった。
既に【猫魔岬】の何処に何を建設
するのか。取り分け、神職としてこの
土地を護って来た由良宮司とは綿密に
相談、擦り合わせが行われている。
そして又 新月 が。
『朱い千本鳥居のライトアップ』の
準備で俺等は陸繋島へと向かっていた。
今回は藤崎も参加する。何だかんだ
他用のせいで参加出来なかった藤崎は
明らかにハイテンションで、しかも
宮司の手伝いという特別な状況を
楽しみにしている様だった。
「もうすっかり冬の景色だよな。」
陸繋島の木々は蝦夷松等の針葉樹だが
秋から冬にかけては落葉する。すっかり
見通しが良くなった参道の斜面からは
日本海を背景に岬の突端の白い灯台が
浮き出て見えた。
既に使われなくなってから久しいと
聞く。神社のすぐ傍にあるからなのか、
それともあの
やっているのか、経年劣化も然程には
見られない。
「年末年始には初詣の参拝客で、なまら
賑わうべ。」「…だろうな。海からの
初日の出は見られないけど、この景観。
折角だから、あの灯台とかも有意義に
使えばいいのによ。」朱い鳥居の連なる
参道を登りながら、藤崎が言った。
「岬を挟んで浜の反対側は、小さいが
漁港になってるべ。そこにもう一基、
灯台があるっけ。」
過去、この長閑な漁村を津波が襲った。
奇跡的に誰一人として死者を出さずに
済んだが、波の強襲をもろに受けた
灯台は、一度も稼働する事なく単なる
象徴として現在まで残る事となった。
陸繋島の先端という立地もあってか、
他所に新たに灯台を建設する方が
容易だったからだ。
それも宮司から聞いた話だ。
「この灯台だけどよ…ああ、それで
いいのか。」藤崎は自分で言い出した
癖に自分で納得する。「何だべ?
そういうの、なまら気になるべや。」
「いやな、灯台があるとクラゲに
悪影響かと思って。だけど、故事にも
灯台下暗し ってあるから別に
構わねぇな、と。」
そうこうしているうちに、神域を護る
二体の 狛猫 が見えて来た。
境内は、秋祭の派手な喧騒が嘘の様に
すっかり冬支度の養生筵を幹に巻いた
御神木が、冬空の薄曇へと枝々を
伸ばしている。早めに店を閉めて来た
とはいえ、既に辺りは薄暮が静かに
支配し始めている。
「…あ。」手水舎に足を向けた俺の
視界にとんでもない奴が飛び込んで
来た。
此処 神域 だべな。
「コイツは常に此処に座すらしいぜ。
『網元屋敷』の女将が態々、石材屋に
特注で造らせて寄進したんだと。」
「マジか。」「ああ、女将の政治力
スゲェよな…しかもこの見テクレ、
ミラクルデザイン賞とか差し上げたい
気持ちになるな。」藤崎は、そう
言うと、猫魚もとい『猫魔大明神』の
口から吐かれる水で手を洗う。
コイツの胆力とか、色々と…。
「おう、いつも済まねえな龍弥さん。
それに支店長さんまで!」手水舎で
不承不承に手を洗っていると、
社務所から出て来た由良宮司に声を
掛けられた。
「いや、こちらこそ。この超素敵な
イベントに漸く参加出来ると思うと!
今日は早めに店を閉めて飛んで来た
所です。」明らかにワクワクしている
藤崎が言う。「超素敵って…単に
汚れ仕事しょ。そんなお洒落コート
着てると汚れるっけ、ホレこの上着に
着替えて。それから軍手も用意して
あるから着てくれや。」「すみません
遠慮なく、お借りします。」
俺らは社務所に寄ると、由良宮司が
用意してくれた 作業着一式 を
身に付けた。内側にボアの付いた
ジャンバーは、この冬直前の時期の
必需品でもある。
「なあ権堂。」用意された薪束と
藁屑を抱えた藤崎が言う。「?」
「…お前、此処に赴任して以来ずっと
毎月この作業、手伝ってンのか?」
「まぁな、本来は氏子衆がやるっけ
人手の足らない時だけさ。」
鳥居の間に設置された鉄の松明台に
薪と藁屑とをセットする。それも
慣れた手順だ。
「あっという間に暗くなっちまうな。
早く火ぃ点けようぜ!この朱い鳥居が
華々しくライトアップされるの、
スゲェ楽しみだ!」藤崎はそう言うと
壱の鳥居の横の松明台に、バランス良く
薪を配置して。真ん中に藁屑を乗せた。
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